すし屋での会話 タイムサービス1050円

おすし屋さんでタイムサービス5時から7時まで
握りのセット1000円というのがあり
一度食べようと思っていた。
本日出掛けてみた。
ぎりぎりのスペースに客席を詰め込んだ店内で
合理性の極致である。
満員の山の手線でも食事をするぞ、という雰囲気なのである。

出された握りは1000円としてはとてもサービスのよいものだ。
食べ終わって会計をしていた客が、あれは何かなと聞いて、
店員がフィリッピンの何かですと答えていたらしい。
そのようにして原価にも工夫している様子である。
帆立貝と思ったものは、多分、貝肉としては似た味わいであっても、
別な何かなのだろう。
マグロのように見えるものも、何かの工夫があるのかもしれない。
しじみの味噌汁のしじみは貝殻だけに近かったようでもある。
5時から7時の時間帯にサービスするのは何のためなのだろう。
夜は単価の高い客を取り込み、ひるは設備を遊ばせておくのももったいないので、
宣伝もかねてランチサービスをするというイメージがあったのだけれど。
まあ1000円は1000円だ。(消費税は別)


それはとにかく、そんな店内で、板前さんと客の話が続いている。

–そこのプリンスね、この辺りは売却されなかったの?
–そうだね。品川プリンスは稼いでいるからね、売らないでしょう。
–そうかい。昔はもうすこしよかったけどな、外国人が多くなってから、変わったな。
–お客さんはプリンスの?
–まあ、そんなとこだな。いつもはS県で仕事だけど。
–プリンスのオーナーだった人は大丈夫なんだろうね。
–大丈夫だよ。あの人は別世界さ。
–バブルの頃は大変にものだったね、プリンスは。
–そうね、私みたいなもんでも、帰りは毎日タクシーだったな。
–らしいね。
–そうだよ、毎晩タクシーだ。俺なんかさ、やりての上司の下についたから、出世も早くて、プリンスって、そんな会社なんだ。上司しだいだな。あの頃はよかったよ。タクシーでさ。
–だろうね、上司は大事だな。
–なにしろ毎週ゴルフだったな、その上司はね。社長なんかもそうだけど。自分とこのゴルフ場だし。
–昔から埼玉?
–そうずっと。生まれたのはK市。
–じゃあ、おんなじだ。俺は青中。
–あ、俺は隣の一中。青中は荒れてたね。先生が辞めちゃった。
–よく知ってるね。どうして。
–俺は隣の一中だもの。鋳物の工場が多くてね。競艇があるからガラがよくなくって。スマップの森でしょう。あいつは地方では勝ってんのに、地元じゃ勝てない。ハートが弱いんだ。ハートが。
–そうそう、森は勝てないな。どうして知ってんの。
–俺は隣の一中だもの。いとこは青中。そいつなんか、入学式に学校まで行く途中で、五回もカツ上げされちゃった。こわいよ青中は。
–驚いたな、どうして知ってんの。
–俺は隣の一中なんだよ。地主の子供は苗字でわかるよな。やつら金を持ってる。
–何年生まれ?
–24年だ
–おんなじだよ。同級生か。
–同級生だよ。東京タワーができた頃、吉永小百合の映画ができたんだ。
–よく知ってるね。どうして。
–おれは一中なの。隣だもの。それでね、最近また吉永小百合が映画をとったんだよ。もう撮影は終わったな。懐かしいよまったく。
–一中か、驚いたな。参ったな。どうして知ってんの。

わたしは会計を済ませて外に出た。
近くのスーパーで買い物をして、帰り道に窓から見えた光景は、
他には客はいない、その話し込んでいた客が、
依然としてビールを飲みながら、板前と話しているのだ。

板前は、「よく知ってるね。どうして。」といったような合いの手を入れる。
これは「なぜ」と聞いているのではなくて、
「おどろいたねー、奇遇だ、奇遇」くらいの意味だけれど、
それを客はいちいち疑問と取ったので、
「事情に詳しいのは、俺が地元だからだ、隣なんだ」とそのたびに説明していて、
驚いたことになんでもくり返して語っている。
そのせいで、話が前に進まないのだった。

なんとも不思議なすし屋であった。
客商売は難しい。
相手は一人でビールを飲んでいる酔っ払いである。
いざとなっても、板前さんには刃物もあるし、強そうだけどね。