深尾憲二郎-3

[06: 律動はなぜ重要なのか]
 


○すいません、今ひとつよく分からないんですが、発作が起こるときに律動が起こるということは、どうして大事なんですか?

■臨床的にはね、普通の人には起きない変な律動、たとえば棘徐波律動が出てくると、実際に発作を起こすからね。

○脳波を見ているとそういう波形が出てきて、その後で発作を起こすんですか?

■うん、波形と臨床症状の出現の前後関係は発作の種類によるけどね。臨床的な発作症状というのはね、脳波にその波形は出ているけれども、何もない、ということもあるんですよ。そういうのをsubclinical dischargeというんですけどね。clinicalには何も出てこないけれどもdischargeにはなっているんだということでね。脳の中では発作にはなっているんだけど巻き込まれている範囲が小さい。
 また範囲の広さだけの問題でもなくて、silent areaっていってね、発作が起こっていても症状が出ない領域っていうのが脳にはいっぱいあるんですよ。連合野とかね。だから本人はちょっと頭の働きが鈍っているかもしれないけども、はっきりした症状は出ないと。それがある程度広がってくると、あちこちに機能障害が出てきて、外から分かる臨床的発作の状態になるんですよ。

○うむむ。

■いや、本当にそうなんですよ。ということは「発作」というのはこういう日常的な裸眼で見ていることを言っているんです。今のてんかん学が進歩したのはビデオ・脳波同時記録というので症候群が分けられてきたわけで、たしかにこの人とこの人は同じだけれども、この人とあの人は違う、ということをやってきたわけですね。ビデオっていうのは要するに裸眼で見ているわけでしょう? それってすごく原始的な感じもするけれども、そういうところから始めないと仕方なかったんですね。

○なるほど。

■リズムが大事っていうのはどう説明したらいいのかなあ…。むしろ脳波を物理、工学の方から見ている人たちは、てんかんでリズムが起きるっていうのは非常に面白いことだと思ってるんですよ。それは、非線形力学とかを使って解析できるんじゃないかと思っているからです。

○ええ、いまお話を伺いながら、カオスとか、複雑系をやっている人たちならどう捉えるんだろうかと…。

■うん、そうですよ。物理系の人たちに話すと面白がりますよ。
 僕が研修医の頃のことですが、いろんなところに応用されたんだけど結局あんまり役に立たなかった、簡単にフラクタル次元を測るアルゴリズム(グラスバーガー=プロカチア・アルゴリズム)があるんですけど、それを使って、プリゴジンの弟子のバブロヤンツっていう女性研究者がてんかん発作の脳波にはストレンジ・アトラクターが出てくるという論文を書いてました。で、津田一郎さん(当時・九州工業大、現・北大)がそれを誉めてましてね。僕もそれを真似してやってみたんですよ。

○ふーむ。僕は正直いって津田先生の話、良く分からないんですよ。『カオス的脳観』みたいに、脳の中でカオスがある、それに何か重要なことがあるんじゃないか、といった程度だったら分かるんですけど、それが意識とか精神とかそういうことの解明に結局どう結びつくのかがさっぱり分からないし…。

■うーん。僕は一時期すごく共感したんですけどね、いまは批判的だけど。ご本人も当時とは大分考え方が変わっているかもしれないと思いますが。
 僕が当時考えたのは、てんかん発作において、すごく次元の高い、一見ランダムな活動から、すごく次元の低い、はっきり言ってほとんど一次元(単振動)に近い活動になっていくことが、意識を失っていくことと対応しているんじゃないかと考えたんですよ。つまり、意識というのは複雑なものだとみんな思ってますよね。で、その複雑さは情報処理の複雑さだろうと。それがほとんど一次元の振動に落ち込んでしまうということは、当然、意識のレベルが落ちていくということじゃないかと、割合素朴に考えたんです、当時。

○なるほど、それで?

■だけどね、なかなかうまくいかなかった。単なるアナロジーではなくて、ある一面を言い当てているとは今でも言えるのかもしれないけども、臨床的にはあんまり意味のない話だな、と今では思ってます。

○そうなんですか? 実際にはそうはならないんですか?

■なります。なるんだけどね…。
 リズムっていうのが何なのか。物理系の人たちによってひとしきりそういう研究がされて、90年頃にそれこそ“Chaos in Brain Function”というモノグラフが出たりしたんだけど、結局それ以来あまり進歩していないと思う。あとであの人たち──理学系工学系の脳波屋さん──の言っていることがおかしいと思ったのは、ああいう非線形力学の枠組みを使えば、脳のどこから情報を取ってもね、全体の情報がそこに詰め込まれていると。脳の各部位の間の相互作用がものすごくきついもんだから、一つの軌道を取ればね、全部が畳み込まれていると。

○ホログラム理論みたいにですか。

■ああ、ちょっと似てますね。それをうまいこと座標軸を作って開いてやると全部出てくると言うんだけど、それはね、全然間違っていると思った。っていうのは、頭蓋骨などの抵抗で、脳波の情報というのはすごく減らされているんですよ。脳波を実際にとり始めて最初ひどくショックを受けるのは、電極を頭に貼るでしょ、そしてそれをコードで引っ張って脳波計のアンプに繋ぐわけだけど、電極を頭から外していてもね、出ているんですよ波形が。

○そんなにノイズがあるんですか。

■ええ。つまりノイズと脳波の区別がつかないということですよ。実際に僕らが見ているのは何なのか。緊張しているときの脳波と、環境ノイズとが区別できないのはすごくショックだった。だから脳が一番活発に情報処理しているときの脳波の情報というのはランダム、ということになってしまうんです。

○ふーむ。

■つい最近でもね、ある大学の教授がてんかんの脳波を情報の伝達という観点から分析しようと。その人は医学部出身の人なんだけど自分でプログラムもするから。そういう動きはあるけど。

○難しいと。

■難しいというか、原理的な問題があると思うんです。脳波上のてんかん性波形の伝播はたしかに情報の伝達として数学的に分析できるでしょうが、それは脳内で行われている生理・心理的な情報処理とはほとんど何の関係もないでしょ。そういう生理・心理的な情報処理は脳波上ではランダムにしか見えないんですからね。

[07: 自然による刺激実験としての、てんかん]
 


○先生は本の中で、てんかん発作の直前に起きる情動の揺れ、精神状態についてお書きになってますよね。ああいった発作の前兆に特に興味をお持ちになったのはどうしてですか。

■僕は京大で現象学的精神病理学を学んでいたので──現象学というのはもともとはフッサールの哲学的現象学のことだけどね──、そういうふうなものの見方で、発作の前兆を見たら面白いんじゃないかな、と思ったんですよ。ちなみにアメリカでは精神分析がすごく流行ったから、てんかんの前兆を精神分析的に見るとか、そういう論文も書かれているんです。だけど精神現象を現象学で見るというのは、精神分析みたいな既成の枠組みを取り払ってね、本人の心の中でいま何が起こっているかということをただ虚心坦懐に見る、ということなんですよ。
 それは言えば簡単なことなんだけど、なかなかね、本人が前兆を訴えて苦しんでいるときに「あなた、どんな感じがするんですか?」と聞いたりするのは難しいことなんですよ。

○そりゃそうでしょうね。

■それをうまく聞き出すというのも一つの技術なんですよね。「発作が起きそうです」、と言われたら「どんな感じなの?」と聞く。そうすると、本人の主観で起きていることをできるだけ詳しく聞き出すということで、てんかん発作というのは脳の一部で起こるわけだから、脳の一部が異常に活動したときに何が起こるか知ることができるのではないか、と。そういう狙いがあったんです。

○自然による刺激実験としての、てんかんですか。

■その通り。教科書的にもね、てんかんの前兆というと、側頭葉の発作の場合は音が聞こえてくるとか、後頭葉の発作の場合は光が見えるとか、大ざっぱには誰でも知っていることはあるわけなんですよ。
 もっと詳しいことを知りたいと思ったんです。それはペンフィールドの書いた本で、古典になっている“Epilepsy and the functional anatomy of the human brain”を読書会でみんなで読んでいて思ったんですね。ペンフィールドはそういうことにすごく興味を持っていたようです。ペンフィールドは脳外科医ではあるけれども、精神現象ということに非常に興味を持っていた人だったんですよ。

○なるほど。

■もちろん現在では、ペンフィールドがやったように意識のある人の頭を開けて電極で刺激するなんてことはできない。でも、もう少しソフィスティケイトされた形ではやってます。頭蓋骨の中に電極を入れて、脳の中のどこにあるかはレントゲンで分かるから、何列何行目の電極を刺激したらこんな感じがしたとか、そういうことは今でもやっているわけです。それはもちろん実験のためにやっているわけじゃなくて、手術のために、どこからどこをどのくらい切るかということを決めるためにやっているわけですが、その副産物として、何か分かるのではないかと期待したわけですよね。

○ふーむ。副産物ね…。

■でも実際はね、臨床の現場って無駄なことをやっている余裕はないですよ。

○そうなんでしょうね。

[08: 前兆現象としてのデジャビュ]
 


○先生はてんかんの前兆現象としてデジャビュ(既視感)のような感覚が起こることがある、とお書きになってますね。それはどうしてなんでしょうか。

■デジャビュというのはほとんど誰でも経験したことがある現象ですが、側頭葉てんかんの発作の前兆として、その強いのがよく出現するんです。だから側頭葉の機能になんらかの関係があるはずですね。しかもデジャビュはそれだけじゃなくて、自分が自分でないような感じ(離人感)とか体外離脱体験にも繋がる現象と考えられますので、心身問題についての取っかかりとしていいのじゃないかと思うんです。

○なるほど。

■最近ね、酒井邦嘉というまだ若い認知神経科学の研究者が書いた本で『心にいどむ認知脳科学』というのがあって、その本では「記憶と意識の統一論」というのを唱えているんだけど、デジャビュについて少し触れてるんですよ。デジャビュという感覚があって、それは前世の記憶だ、輪廻転生の証拠だなどと言われているけど、それは本当であろうか、とね。酒井さんの説では、脳の中の原風景みたいなものがあって、それと重なるんじゃないかと。たぶん彼はオカルトにかぶれている若い人たちに警告しているつもりなんだろうけど、僕らから見ると、百年前から言われていることを繰り返してるだけじゃないかという感じです。認知神経科学の人たちは精神病理学の歴史を知らないんでしょうね。

○最近の精神疾患の人の症例集とかその手のものをパラパラめくる限りでは、親近感のようなものを感じるものがたぶんある種のモジュールとして、おそらくは扁桃体とかにあって、それがいかれちゃうとカプグラ症候群(知っている人や家族を偽物と感じる症候群)とかになるんじゃないかと思ったんですけど、そうではないんでしょうか。だから逆に、そういうところから放電が始まると、デジャビュのような感覚が前兆として湧き上がってくるのかと思ったんですけど…。

■ええ、そう考えられていますね。
 精神現象、主観現象、精神病理学と、客観的な生物学なり神経学と対応づけるという観点からすれば、海馬・扁桃体の働きだろうということになりますね。
 でも、自分としてはもう一つね、そういう説明ではなんか満足できないところがあって。

○ええ、お話を伺いながらどうもそれっぽいな、と感じたもので。それは?

■この感覚が何なのかというのは説明しづらいんですけどね。
 例えば…、扁桃体と海馬の相互作用を研究してらっしゃる小野武年先生(富山医科薬科大)が、場所ニューロンというのが海馬にあるというのを発見されましたよね。

○空間認知に関わるニューロンですね。

■ええ。実験室の中でサルがトロッコみたいなので自分で動けるようにしてあって、周りに風景のようなものが作ってあるんですよね。そしてあるところに来るとピピッと反応するニューロンがあるという話なんですよ。しかも、この風景をこっち側からだけ見たときにだけ反応する、と。これは後で数学的に解析して相関を証明したんでしょうけどね。
 そういうものとね、デジャビュが本当に同じなんだろうか、と思うわけですよ。サルがデジャビュを感じているかどうかはもちろん確認しようがないわけですが、脳生理学の人たちはそれで十分だと思うらしい。でも僕にはどうしても納得できないところがある。

○「同じなんだろうか」とは、どういう意味ですか?

■海馬の中にすべての記憶があるわけじゃないだろうけれど、ある種の記憶にとって海馬が非常に大事だと言うことは誰も疑わないですよね。海馬のある特定の部位が刺激されたら特定の記憶が出てくるということも認めるとしても…、それだけで本当に説明はついているんだろうかと思うんですよ。僕が臨床をやっていて、患者の主観症状をいつも聞いているという環境の影響ももちろんあるでしょうけど。
 たまたま僕はMEGをやっていて、スパイク(てんかん性発射)の発生源を決めようとしている。これも実はどこまで信じられるのかという問題はあるんだけどね(笑)。

○そうなんですか(笑)?

■いや、ただ僕の信じるところでは、海馬あるいは内側構造からの発射を意味するdipole(双極子)とね、外側皮質からのものとに分けると、むしろデジャビュみたいなものは、海馬からじゃない方のもの、むしろ外側皮質からのタイプのものに相関したんですよね。だから少なくとも側頭葉の外側皮質は関係していると思うし。
 ペンフィールドがね、側頭葉皮質を刺激したら患者がいろいろ思い出したと書いてますね。けれどもそれは外側皮質と一緒に扁桃核や海馬を刺激していたことにペンフィールドが気が付かなかったんだ、と言われたんです。後の研究者たちが深部電極を挿し込んで海馬や扁桃体を刺激してみた結果、ペンフィールドが見たものは内側構造の刺激の結果だったと言い出したんだけど、それはやはり言い過ぎでね。
 だって、海馬みたいな原始的なところに複雑な記憶のすべてがあるはずがないでしょ。いや、生理学者ならもちろんそうじゃないと言うだろうけど。短期記憶についての最初の割り当てみたいなことをやっているだけかもしれない。

○ふむ。単純に割り切れないということですか。

[09: 精神科医に求められているもの]
 


■僕自身がどういう問題意識で研究をやっているのかというとね、なかなか理科系の人、文科系的な感覚を持ってない人に説明するのは難しいんですけど…。

○え、それって普通逆じゃないんですか?