「その先に何があるのか」

朝日夕刊。
ニッポン人脈記。大手トンカツチェーンで
トップまで駆け上がったのが、51歳。
「その先に何があるのか」と思い、転職。

懸命に工夫して突撃もして手に入れたものは貴重だ、
みんなそれが欲しくて走り続けている。
しかしいったん手に入れたそれは、
人を満足させ続けるわけではない。

むしろ、自分の限界をはっきりと知ってしまえば、
安易な転身はできなくなってしまう。

子供は小さい、親は要介護、住宅ローンは残っていて、
不安定らしい人生の航跡を見せることは、
不利になると、考えたなら、難しい選択なのである。

そんなときそばにいる人が分かってくれるかどうかが
決定的要素になることもある。

夢に駆られてといえば聞こえはよい。
しかし多分、それはあとからつけた理由だろう。
人間はやむにやまれずその道に進むものだ。

「その先に何があるのか」と思うことは、
軽いけれどうつ状態である。
よく考えてみれば、その先にも、この先にも、どこにも、何もないのである。
人生は、何をしても、何をしなくても、同じなのだ。
そんなことも見えなくなってしまう状態が人間にはある。
それは実に人間的な状態なのだ。
逆に、何をしたっていいのである。
虚無はすべてを許すのだ。