映画「ドクトル・ジバゴ」(2)

映画の中で、ジバゴがラーラを好きになり愛し合うに至るのは、
運命であり、仕方がないことのようである。
むしろ肯定的に描かれている。
無論、現実にラーラのような女性が現れていろいろあったとすれば、
男性は恋愛感情を開花させてしまうのは仕方ないのかもしれない。
小説では、そのような圧倒的な魅力を持つ女性を描くことが目的なのだろうから、
人物造型としては成功しているともいえるだろう。

映画の中で、ラーラを讃える詩がどんなものなのか、
紹介はなかった。

しかし、女性としては、「やってらんないよ」という気持ちもあるだろう。
どんなに魅力的な異性を前にしても、礼節はあるはずである。

でも、それは百も承知で、六ヶ月も医師と看護士として仕事を共にしても、
一線を越えなかった、分別のある大人の二人で、
しかし、再び偶然が導いてしまって、
それが運命だったのだ、
そんなにもナイスな男性とナイスな女性が存在したのだと描いているのだから、
それで特に目くじらを立てるものでもないのだが、
それにしても、勝手なものである。

革命の混乱、厳しい運命、厳しい気候、すべてを考慮する必要がある。

しかし、それは、
決して高級な感情ではないことを
言い添えておきたい。