OA症候群

最近では事務処理や受付業務、レジも改札も電子化されている。
昔は伝票をそろばんで集計していたものだが、
電卓になって感動していた。
するとあっという間にロータス123の時代が来て若者が有利になった。
Win95が普及してExcelの時代になり
何でもかんでもエクセルで処理できることが分かった。
データのやりとりもメールで飛ばすようになり、
このあたりでついて行けない人はバスを降りた。

各種集計は一発だしピポットテーブルをつかいさらにグラフを使えば
非常にスマートなサラリーマンである。
しかしそんなサラリーマンはいくらでもいたので、特に有利ではなかった。

昔に比べれば何人分も仕事をしているはずなのに
ちっとも楽にならない
それどころかリストラされている
なぜなんだ

欧米では1980年頃、職場がOA化されることになったとき、
労使間で協約を結び、労働者のリストラや過重労働を防ぐことがよく行われたらしい。

考えてみれば、会社内のいろいろな数字は独立しているのではなく、
深く連動しているのであって、それらを扱うときに、なるべく少人数で
深く理解しながら進めた方が効率はいいし、アウトプットの質がよくなることは確かだ。
人数が増えれば、ただの入力屋も多くなるはずだ。

この場合に、実質の情報処理をする人間は少数の正社員で、
データを入力するのは派遣社員でいいとなれば、
企業にとっては都合がいい。
よすぎる。
実際に内部留保がたんまりできて、
今度はアメリカの大企業に手助けをするそうだ。

時給860円で働いてきた私たちが
アメリカの金遣いの荒い人たちの無駄遣いの後始末をさせられるのかと思うと
絶望的だ

本当は、電卓を使って10人でしていた仕事をパソコンで10人でやっていればいいのであって、
余った時間は息抜きに鬼平犯科帳全巻読破にでも当てればいいのだ。
それを実現するために労使交渉をやるはずだった、日本でも。

しかしそうはならず、リストラは断行され、
残った正社員はぎりぎりまで働き、データ入力は賃金の安い派遣に回された。
だから政府は平気で景気は上向きだなどと言えていたのだ。

儲かっているように見えたのは
人件費を削ったからで、
いい商品を作ってヒットさせたからではない。

昔はブルーカラーとホワイトカラーと言われたものだが
ホワイトカラーはいまやVDT労働者である。

ブルーカラーは筋肉が疲れれば休憩が必要である。
VDT労働者は筋肉の限界がない。
神経に限界があるはずなのだが、わかりにくい。

そんなわけで、コンピュータを相手に働く人たちの困難な状況について
cyberphobia サイバーフェビア コンピュータ恐怖症、コンピュターアレルギー
という言葉もあてられた。

1984年、Craig Brodは"Technostress"のなかで
techno anxious テクノ不安症 と techno centered テクノ依存症 を語った。

テクノ依存症はコンピュータ中毒ともコンピュタへの過剰適応とも言える。
シリコンバレー・シンドロームと名付けられたものもこの頃の話である。
さらに夫をコンピュータに奪われた妻をcomputer widow と表現した。

OA化が進んだ事務部門では一般事務部門に比較して5倍程度の精神不調発生率とも言われる。
これは生産工場でのライン労働者の二倍の数字になる。

technostressの特徴は一時的に急性に発生するものではなくて、慢性発症である点である。
慢性の疲労から精神不調を訴えるに至る。

この同じプロセスは、子供がテレビ、携帯、ゲームなどに接していて、慢性疲労、不眠、自立神経症情、さらには精神症状に至ることと同じである。

疲れを知らないコンピュタは人間の心をむしばむ。

近年のVDT労働は、自動車を組み立てるごとく、レポートを組み立てるのであって、
締め切りに終われ、頻回のデータ差し替えに追われるのであれから、
実際、ライン作業者よりもつらいストレスにさらされて毎日働いている。