日本独特のうつ病観

野村総一郎先生の談話

Q.社会の指導原理や儒教精神が崩壊したことが要因急に増えている原因は何でしょうか。

A. すでにお話した診断基準が変わったことが一つ。もう一つは社会医学的な仮説になりますけれども、バブル経済の崩壊、リストラ、成果主義、そういった一連の経済情勢の変化、これが現実的には非常に影響が大きい。それから家族制度の崩壊。それぞれ孤独になっていますよね。

 もっと大きな流れで言えば、70年代に言われた、ポストモダニズムの変化ということが相当関係あるんじゃないかと思います。世の中の全体が「大きな物語」を失った世界になったと言われますよね。その中で日本という国は、特に衰えがひどいと言わざるを得ない。高度経済成長期にあだ花のように咲いた希望ある世界が、バブル経済の崩壊でなくなり、その代わりに与えられる価値観がないんです。

 それから、刻苦勉励できちんと働くのが正しい生き方であるという、非常に明解な儒教哲学が江戸時代から400年続いてきましたが、それが90年代に崩壊した。几帳面で真面目だという日本独特のうつ病観ができたのは儒教の影響が大きく、私は儒教がいいとは思わないのですが、とにかく儒教的なものが徹底的に崩壊しましたよね。それはもう見事なほどに崩れ去り、まったく秩序のない社会になっている。

 うつ病を患っている方は、おそらく社会全体の指導原理を求めているんです。どういう生き方をしたらいいか、ガイドが欲しいんですよ。だけど、そのガイドしてくれるものがない。社会全体が指導指針を失っていますから。

 もう少し具体的なレベルで言えば、今の経済成果主義だったり、まったく文化を異にするアメリカの価値観を単純に持ってきてしまう。これも日本の劣化だと思いますね。今の政治状況を見ても、政治家は非常にプアになってきた。指導原理がなく、頼りない。

 私は社会思想家ではありませんから、大きな指導原理が世の中にあるべきだということを言っているのではないんです。けれども、どうしてうつ病が増えたのか語れと言われれば、こういう思いで語らざるを得ないという気がするんです。