放送許認可問題

新潮社のサイトのある記事を引用

BSデジタル狂騒曲
あの騒ぎはいったい何だったのか――鳴り物入りで始まったBSデジタル放送が早くも一年で青息吐息だ。
電波利権を確保するため奔走した民放キー局のなかには、“撤退”を模索する動きが出始めた。

 BS(放送衛星)デジタル放送用の受信機の販売低迷が続き、“BSショック”が業界に広がったこの夏、あるBSデジタル局の社長が親会社である民放の幹部に泣きついた。
「増資をしてくれないと、数年で債務超過に陥るのは目に見えている」
 この会社は昨年十二月の放送開始以来、九月までに六十億―七十億円まで債務が拡大、今年度中に百億円を突破する勢いだ。一局あたり百億円近いといわれるデジタル化の設備投資の償却負担に加え、売り物であるハイビジョンや双方向機能を満載した番組制作にカネがかかるのが原因だ。赤字を補填するはずの広告収入も不況下で目減りしている。当初計画ではなんとか三年間もたせる資本金を予想以上に早く食いつぶす可能性がでてきた。
 民放系の五局は程度の差こそあれ、懐具合はどこも似たり寄ったり。大株主のキー局にしても、二〇〇二年三月に始まる次期CS(通信衛星)デジタル放送や二〇〇三年に開始予定の地上波放送のデジタル化など、数千億円規模の新規設備投資に追われている。一九六〇年のカラー化以来の「放送革命」といわれたBSデジタル放送は、九八年に郵政省(現総務省)が民間企業の申請受付を開始。当時すでに一千万世帯に近い視聴者を獲得していたNHKのBSアナログ放送を横目でみながら「もっと波(電波)を」と叫び続けてきた民放キー局五社がそろって免許認可を受け、鳴り物入りで放送を始めた一年前が、今は昔といった風情だ。
「千日で一千万世帯」の欺瞞

 デジタルハイビジョン放送を視聴できるデジタルテレビの価格は、まだ二十万-三十万円台。松下電器産業などが実売価格で十万円台の製品を投入しているが、すでに年末商戦の主役はPDP(プラズマ・ディスプレー・パネル)や液晶を使った薄型テレビに移っている。ある大手量販店幹部は、「デジタルテレビにはあまり興味がない。薄型テレビが今年の目玉だ」と断言する。
 BSデジタル放送推進協会によると、BSデジタル用の受信機と受信機内蔵型テレビの出荷台数は、十一月末で八十八万台。業界ではこれにケーブルテレビ会社が受信して加入者に放送している百三十八万世帯分を足した計二百二十六万を普及世帯数としている。この数字を見れば確かに「千日で一千万世帯」(海老沢勝二NHK会長)という目標は不可能ではなく見える。
 しかし、この数字が欺瞞に満ちていることは当事者も認識している。ケーブルテレビ経由の百三十八万世帯のうち、デジタル化しているのは二万七千世帯程度。そのほかはケーブル局が再送信する時点でアナログ放送に変換しているため、売り物であるハイビジョンも、双方向通信機能も一切使えない「なんちゃってBSデジタル」(民放幹部)にすぎない。
 BS各局に最大の打撃を与えているのが広告市場の冷え込みだ。米国の同時多発テロや狂牛病の影響で、二兆円と言われる地上波テレビの広告市場でさえ、スポット広告料金は昨年の三分の一程度まで暴落している。まして視聴率が全局合わせても「小数点以下、誤差のような数字」と言われるBSに割ける余力はない。
「このご時世にBSデジタルに出す広告費などない」と言うのは、資生堂の宣伝担当者だ。資生堂は、地上波に比べて広告費が安く、長いCMで企業イメージを浸透できるBSに積極的に広告を出稿してきた。年間のテレビ広告予算約二百億円のうちBSには約二十億円を割いているが、この金額の維持は難しくなっているという。
 民放BSデジタル五局が生き残れるか否かを分析すると次のようになる。
 ハイビジョンや双方向番組に最も力をいれ、広告収入も断トツなのがTBS系のBS-i。TBSのほかにNECや松下電器、電通が株主に顔をそろえ、資本金も五局で最大の三百億円を用意する生き残りの最右翼だ。続いて売上高が多いのがテレビ東京系のBSジャパン。地上波で最後発のテレビ東京はもともと系列地方局が五つしかなく、全国を網羅できるメディアは悲願だっただけに撤退は考えにくい。ただ、広告売り上げの相当分をテレビ東京に頼っており、経営基盤は脆弱だ。フジテレビ系のBSフジもBS-iと並んでBSデジタルの牽引役。BSだけで放送する独自番組の比率も高く、消耗戦を覚悟している様子だ。
 脱落組の最有力候補が日本テレビ放送網系のBS日テレ。ハイビジョンや双方向などカネのかかる番組は極力控え、地上波やCS放送の番組の二次利用でコストを抑制している。目玉と見られていたプロ野球巨人戦も、次期CS放送に参入する兄弟会社にとられ、存在意義を失いかけている。テレビ朝日系のBS朝日も、制作費を湯水のようにつぎ込んだテレ朝出身の社長が更迭され、縮小均衡路線に転じている。
 逆風が吹くなか、出血が止まらないBSデジタル事業からの退路を確保しようとする動きも水面下で出始めた。
 ある民放幹部がこう打ち明ける。
「法改正でBSデジタル事業への出入りを自由にし、民放キー局に名誉ある撤退の口実を与えようとしている」
 総務省内には、BSデジタルを何とかしなければいけないという焦燥感が広がりつつある。民放キー局の声高な権益主張に折れて免許を与え、結果的に一社で利用できる電波帯域を狭めているからだ。ただ役所としては、いったん交付した免許を後から否定することはできない。
 そこで必要なのが大義名分だ。
 総務省が二〇〇一年春の国会に提出、成立した新法に、電気通信役務利用放送法がある。その骨子は①衛星放送分野でこれまで総務省が司ってきた免許、認可制度をやめ、電気通信事業者(衛星会社)と放送局の直接交渉で放送事業に参入できるようにする、②外国人株主比率が二〇%以上の事業者は参入できない外資規制を撤廃する、というものだ。二〇〇二年にも施行されるこの法律によって、免許制度は事実上撤廃され、設備をもつ衛星会社との交渉が成立すればどんな企業でも放送業に携われるようになる。
 この法律の適用範囲をBSデジタルまで広げれば、外資を含めた衛星放送事業への参入障壁の撤廃という美名の下、総務省はBSデジタルにかかわる場当たり的な過去の失政を清算でき、民法キー局は「電波をよこせ」と圧力をかけて勝ち取ったBSデジタル免許を譲り渡すことができる。「まさに一石二鳥」(同幹部)というわけだ。

起死回生の策はあるが……

 日本のテレビ放送は今後十年で劇的な変化を迎える。二〇〇一年春国会に提出された電波法改正案は、二〇一一年に現在のアナログ地上波放送を停波し、それまでに国内に約百三十ある地上波テレビ局がすべてデジタル放送に移行することを求めた。放送デジタル化の最大の目的は、現在VHF帯を占拠しているテレビ放送を、従来の三倍の情報を詰め込めるデジタル化で帯域利用を効率化させた上で、UHF帯に引っ越しさせることにある。空いたVHF帯は今後需要が急増すると見られる携帯電話や無線LANなどの移動体通信に充てようという国策だ。
 国家の都合による電波政策を遂行するためには、視聴者がテレビを買い替えたくなる恩恵が示されなければならない。しかし、現在のBSデジタル放送は視聴者の期待ほどではないことが、図らずも証明された。それでもBSデジタルには起死回生の策は残されている。NHKが抱えるBSアナログ放送の一千五百万人にのぼる視聴者を取り込むことだ。BSアナログ放送は二〇〇七年に衛星が寿命を迎えるといわれており、代替衛星の打ち上げは決まっていない。NHKがいつBSアナログ放送停止というカードを切るか、民放BS五局の命運はそこにかかっているといっても過言ではない。
 ただし、BSデジタル五局の命脈が保たれたとしても、既得権益に安住した放送局と泥縄式の電波行政が改められなければ、「放送革命」も美名でしかない。