知識の意味づけ 知識の総合地図

これまで、個々の知識は、
たとえば典型的には図書館の中での位置づけを基準にしていたように思う。
図書館には整理された標準的な知識の集積があった。

しかしネットの中の知識は別の存在の仕方のようである。
全ての図書がアイウエオ順に並べられた図書館のようだ。
見取り図が描きにくい。
そして、個別の情報の価値が測りにくい。
自分なりの価値付けでいいのだといわれても、
そんなこともないだろうと思う。

趣味の世界でもそうだけれど、
例えば医学の世界では、知識は、個人の趣味や価値観によって、重要度が決まるものではないだろうという気がする。

こんなことを思うのはやはり教科書を知識の根元としてきた人間だからなのだろうか。

しかしやはり自分の内部の知識の総合地図がどのように描かれているか、それが大切だ。
他人を評価する場合も、個々の知識ではなくて、
知識の総合地図のあり方によって評価しているのだと思う。