あまりにも輝いているルノワール

あまりに輝きすぎている
ルノワールのせいである
こんなにも輝いた少女は
その後どのように生きればよいのだろう

写真ではよく分からないが、
本物の画面には明らかに魔法がある
白いブラウスの何という輝きだろう
瞳の色の何という魅惑だろう
肌の色の何という若さだろう

解説によれば、
ルーベンスの髪の毛、
アングルの顔の輪郭、
クールベの白塗り、
コローの柔らかな花模様の背景、
そしてルノワールの特別な温かみと愛情

こんな輝きを見てしまった私たちは
明日からどのように生きればよいのだろう
生き方を変えないとしたら、
絵なんか見ても意味がない

それにしても、思うのだが、魅力の大半は、
少女に属しているのだろう。
だとすれば、それは平面に絵の具で固定できるものであるはずはないのだ。
魅力のすべてが視覚情報であるはずはないのだ。
それなのに、ルノワールは視覚情報だけで魅力を表現し、
われわれは視覚情報だけで魅力を十分に感じ、
自分たちのに日常生活に欠けている何かを、
痛感させられる。

ただ目が構成するだけのものであり、
しかしそれだけで余りあるのである。