堀田善衞「歯車」「波の下」

戦後まもなくの頃の作品。
堀田善衞については、定家名月記私抄、ゴヤ、ミシェル城館の人、日々の過ぎ方、スペイン断章、など比較的後期のものに親しみ、多くを学ばせてもらった。

戦後中国、日本ポツダム宣言受諾、秘密細胞、コミュニスト、スパイ、情報戦、女であることを武器にもする、過去の愛、秘密の連絡暗号、こうまで舞台装置が整うと、まるで精神病院の奥に長年住んでいる患者の話を聞くような気分になってくる。途方もない被害妄想と妄想的関係づけ、長い時間が熟成した妄想的構築物。
そんな連想さえわいた物語である。

無論、当時、東南アジアの一部で、そのような動きはあり、そのような人生があったのだろうとは思う。ただ嘆息するだけである。
次第に行動選択の自由がなくなり、否応もなく圧殺されてゆく道筋が見えてしまう、それを歯車と表現しているようだ。

妄想者はまさにその「歯車」の感覚に悩まされる。巨大で運命的で悪意に満ちた何ものかが、誰にも止められない歯車のようにわたしを圧殺する。その感覚である。
人間は脳の機能障害が起こると、他の妄想よりも、圧倒的に被害妄想を呈する。これが不思議である。

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抜き書き。一部漢字表記変更。

なにか人間らしい感情といいますか、いつもいつもこめかみと眼に力を入れ緊張していなくてもいい、あたたかい血がゆっくりとめぐってゆくような感じが通ってきて、次第にわたしに浸透して来ていたのです。

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