栄養座談会

銀座などで通りの人を眺めていると、
メタボ体型の女性は
たぶん100人に一人くらいの感じではないかと思われた。
むしろ、骨粗しょう症が心配な人のほうが多いような気がする。
母親の食生活が娘に影響していることも考えた。
 
参考に食の座談会

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1.食の欧米化は過去のこと、現在は低栄養化時代

和田    現在の健康上の関心事といえばメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)で、4月から始まった「特定健診・保健指導」はメタボ健診とも呼ばれています。このメタボリックシンドロームも、背景には「食の欧米化」があるとされ、肥満に端を発する生活習慣病を予防するには粗食の方がいいという声も聞かれます。柴田先生は以前から、粗食長寿論には反対の立場を明確にしておられます。ここでは、健康で長生きするには、どのような食生活がいいのかについてお話を伺いたいと思いますが、まず、食の欧米化から検証していきます。


柴田    米の摂取量が減り、肉類や牛乳・乳製品の摂取量が増えたことにより、食事内容が高エネルギー、高たんぱく質、高脂肪化した状態を「食の欧米化」あるいは「食の近代化」と呼んでいるようですが、その状態が、現在も続いているという考え方自体が間違っています。

 栄養素等摂取量の年次推移(図1)をみると、栄養状態を表す総合指標であるエネルギーの摂取量は1980年(昭和55年)の2,119Kcal以降漸減し、2005年(平成17年)には1,902Kcalと10数%も減少しています。現在のエネルギー摂取量は第二次大戦終戦後の1940年代のそれに等しいのです。

 また、食品群別の摂取量の年次推移をみても、肉類や牛乳・乳製品の摂取量は1960年代から増えてきましたが、これも1980年代にストップし、その後は横ばい状態となっています。
 
井上    食の欧米化が現在もまだ続いているのも誤解なら、食の欧米化が悪いといった発想も間違っています。日本人の平均寿命が男女とも50年を超えたのは1947年のことで、その後に大きく延びています。

 その原動力となったのが、食の欧米化で、米や雑穀を中心とした食事に脂質や良質のたんぱく質が加わることが結核などの感染症や脳出血による死亡のリスクを下げ、平均寿命を押し上げてきたのです(図2)。
 
柴田    また、現在は飽食の時代とも呼ばれていますが、むしろ心配なのは若い女性の栄養失調です。国民健康・栄養調査で、性別、年齢別の食生活状況がわかるようになったのは1995年度(平成7年度)からですが、これをみても20代、30代の女性の栄養状態が想像以上に悪化していることがわかります。

 さらに心配なのは、この影響が1~6歳の乳幼児にも及んでいることで、すべての栄養素の摂取量が減少しています。若い女性は一家の栄養管理者でもあり、この人が間違えると自分だけの問題だけではなくなるのです。


井上    若い女性と次代を担う子どもたちが平均寿命を左右する時代になれば、日本が世界最長寿国の座から滑り落ちることにもなりかねません。また、次代の高齢者のQOLがさらに低下する心配があります。


柴田    私もそれを心配しているのです。骨の太さや骨密度は20代前半で決まりますが、このままの状態が続き、今の中高年と同じ速度で骨密度が減ってくると、骨粗しょう症や骨折による寝たきりが増えてくることが予想されるのです。


和田    骨の成長に必要なカルシウムは、男女を問わず日本人に不足している栄養素の一つですが、今朝のNHKテレビが、母乳で育てている赤ちゃんのビタミンDが不足しているというニュースを流していました。


井上    ビタミンD不足がどこからきているのかが問題です。Dはコレステロールと日照から作られますが、シイタケを2、3枚食べれば補うことができます。

 この時代にあってD不足が指摘されるのは、食事全体がおかしくなっているからとしか考えられません。


柴田    ビタミンDは、かつては骨を作るのに必要なビタミンと考えられていましたが、最近では筋肉の太さにも関係するとされています。骨がもろく、筋肉量も減れば、さらに骨粗しょう症や骨折が心配となります。Dだけが不足しているのか、他の栄養素不足の部分現象なのか確かめる必要があります。
 
2.メタボリックシンドローム診断基準に異議あり

和田    両先生ともメタボリックシンドロームの診断基準には異議ありとおっしゃっています。私も、男性は腹囲85センチ、女性は90センチ以上はダメという決め方には疑問を感じています。


柴田    診断基準の根本的に間違っているところは、体格、コレステロール、血圧などをある一定の数値で切り、それ以上はダメだとする考え方で、数値そのものの決定も科学的ではないことです。

 たとえば、男性の腹囲の85センチというのはBMIの23.5に相当しますが、これまでの日本の疫学的研究では、BMI24~27の間の体型が最も長生きすることがわかっています。アメリカでは25~29の間が最もいいとされています。

 BMIがアメリカは30、日本は27を超えると、少し肥満による死亡率が上がりますが、23.5というのは少し低めですが、いちばんいい状態でもあるのです。

 図3のように、縦軸に死亡率、横軸に体格、コレステロールなどの測定値をとってグラフを作ってみると、ほとんどの場合、U字型の曲線を描き、平均値に近いところが最も長生きしていますし、高齢者なら生活機能も衰えないことがわかっています。

 体格でいえば、やせ過ぎも太り過ぎもダメで、中間がいいのです。孔子の言葉に「中庸は徳の至れるところなり」というのがありますが、中庸がいちばんというのが東洋の考え方なのです。

 ところが、診断基準では測定値を直線的に並べて真ん中で切り、これ以上はダメ、これ以下ならいいとしています。これは西洋的な考え方で、健康に関してこのような直線モデルが成り立つのは感染症における病原体の数と、中毒における毒物の量くらいです。感染症では、体内に侵入し増殖した病原体の数が増えるにつれ発症や死亡の危険が高まりますし、毒物も摂取量が増えるにつれ危険性が増します。
 
井上    栄養状態が悪い国などで、国民の健康を維持するには、どれだけ食糧の供給が必要なのかといった場合には、直線的に量を決め、これ以下ではだめ、これ以上が必要という考え方ができますが、コレステロールを220mg/dl(以下単位省略)以上は薬物治療の対象とするなどといった考え方も間違っています。

3.コレステロールは低すぎるのも危険

柴田    実は、何事も中庸がいいというU字型の関係が明らかになったのはコレステロールと死亡率の研究からで、欧米が直線モデルからU字型を獲得したのは今から四半世紀前のことなのです。

 それまではアメリカのフラミンガム研究でもコレステロールは低ければ、低いほどいいとされていました。今でも憶えていますが、私が医者になった1965年当時、ある医学専門誌の座談会で循環器疾患の専門家が集まって、虚血性心疾患を減らすには、当時の日本人のコレステロールの平均180を160まで減らすべきだと結論していました。

 この専門家たちは、欧米では問題になりはじめていても、まだ日本ではマイナーだった虚血性心疾患を減らすことが重要だと考えており、寿命という考え方はまったくなかったのです。現在、160というのは高齢者低栄養の診断基準で、アルブミン値が3.80、コレステロール160未満は栄養失調と診断されています。

 この専門家の意見はさらにエスカレートし、コレステロールは一切不要ということから「コレステロールゼロ作戦」なる言葉も聞かれるようになりました。

 日本では、この頃から、脳卒中は低コレステロールによって引き起こされると主張していたのですが、国際的にも孤立していました。

 コレステロールでU字型曲線が成り立つことがわかったのは、1981年にハワイの日系人の研究からで、いちばん長生きするのは210~240の間であることが明らかになったことからです。また、同じ研究で、コレステロールが高すぎると虚血性心疾患が増えるが、低いとがんや自殺が増えることもわかりました。現在では、「日本脂質介入試験(J-LIT)」などによって、コレステロールは低いのも危険であるということがわかっていますが、これは1995年以降のことで、1990~1995年の間は一般市民に対して、コレステロールが低いと危険と主張していたのは私だけでした。


和田    日本人の死亡順位の年次推移をみると、1955年からそれまで1位だった結核に代わって脳血管疾患がトップとなり、以降、26年間トップの座を占め続けていました。しかし、この時の脳血管疾患は低コレステロールや、食塩の過剰摂取による高血圧などが原因となる脳出血が多かったのに対し、現在の脳血管疾患は脳の血管が詰まる脳梗塞によるもので、これは高コレステロールが原因とされていますが。


柴田    食の欧米化によって国民の栄養状態がよくなったために、脳出血が減り、それが平均寿命を押し上げた一因であることは先にお話したとおりです。

 しかし、今でも多くの人が間違っているのは脳梗塞が高コレステロールによって引き起こされるという考え方です。脳梗塞にもいろいろなタイプがありますが、大きく2種類に分けられます。欧米に多いのは太い動脈血管(皮質枝)の中膜にコレステロールがたまることによって血管が詰まってしまう粥状硬化(アテローム硬化)というタイプです。

 これに対し、日本人に多く、寝たきりや認知症になりやすいのは、もっと深部にある細い動脈血管(穿通枝)が詰まってしまうタイプで、実はこれは脳出血と同じメカニズムで起こるのです。

 太い血管には栄養分を運んでくる栄養血管がありますが、細い血管にはありません。そのため細い血管は栄養不足になりやすく、もろくなった血管に高血圧が加わるとさらに悪化します。簡単に説明すると、細いゴムホースに勢いよく水を通すと、ホースは膨らんだところと、くびれたところが数珠のように並びます。この膨らんだところが破れるのが脳出血、くびれたところが詰まるのが脳梗塞で、現在の日本では1対6で後者のほうが多く、70歳を過ぎるとさらに起きやすくなることがわかっています。脳出血と脳梗塞は敵対関係にあるようにみえますが、同じ原因で起こるのです。


和田    そのくびれたところに詰まるのはコレステロールではないのですか。


柴田    コレステロールは関係ありません。むしろ、コレステロールがある程度高ければ、たんぱく質やビタミン、ミネラルなども多く、血管がもろくなるのを防いでくれるので、脳出血も脳梗塞も少なくなります。


和田    虚血性心疾患はどうなのでしょうか。


柴田    これは粥状硬化なのでコレステロールが高過ぎると起きやすくなります。アメリカでは虚血性心疾患による死亡率が日本の5倍、東ヨーロッパでは7~8倍も高く、アメリカでは240くらいから薬物治療の対象にしていますが、日本では虚血性心疾患と脳梗塞の両方を防ぐためにはアメリカの基準よりも高く設定すべきなのです。それを220に設定したために、東海大学の大櫛陽一教授は、この基準で判定すると国民の9割近くが異常となってしまうといっています。

 少なく見積もっても国民の半数が異常ということになりますが、これはU字曲線の真ん中で切ってしまうのですから当然のことです。


井上    現行のメタボリックシンドローム診断基準にあてはめると、患者とその予備軍が40~74歳男性の2人に1人、女性は5人に1人が該当するとされていますが、世界の最長寿国である日本民族の半数が病気だというのは、常識的に考えてもおかしなことです。
 
4.コレステロール善玉悪玉論は間違い

和田    コレステロールには善玉であるHDLコレステロールと、悪玉であるLDLコレステロールとがあり、LDLは低く、HDLは高い方がいいとされています。


柴田    HDLコレステロールを日本で最初に疫学研究に導入したのが私で1978年のことでした。その前は、HDLコレステロールを測定したかったのですが、当時は超遠心法という非常に手間のかかる方法で分離するしかなく、大きな集団を対象にする疫学調査には使えませんでした。そこで、HDLを簡便に分離する方法を開発して研究を開始したのです。HDLを測定して総コレステロールから引き算すればLDLコレステロールの量もわかります。

 しかし、HDLとかLDLというのは見掛け上のことで、コレステロールには1種類しかありません。

 コレステロールというのは油で血液など水には溶けません。そこで、血液と一緒に運ぶのに、まんじゅうのように外側をたんぱく質や中性脂肪でくるんでいるため、その割合によって比重が違い、HDLとLDLに分かれるだけで、形が違うだけなのです。

 また、肝臓で作られたコレステロールを血管など組織に運ぶLDLコレステロールを悪玉、組織から肝臓へ戻すHDLを善玉と呼んでいますが、これは総コレステロールが260~280と高い人に対してはいえることです。高齢期になると総コレステロールが下がってきて死亡率が上がるだけでなく、うつ病や認知症が増えることになり、こういった人によっては、LDLコレステロールの低いことがリスクになるのです。
 
5.“沖縄クライシス”は社会的格差が原因

和田    もう一つ、1985年まで男女とも平均寿命日本一を誇ってきた沖縄県で、男性の平均寿命が徐々に低下し、ついに26位にまで落ちてしまいました。これも食事が関係しているのではないかとされています。


柴田    この件については一部の医者の間で「沖縄クライシス」とも呼ばれていると聞いています。また、この背景にも、食の欧米化によって男性の脂肪の摂取量が増えたのが原因だなどという解説もあると聞き、驚くよりもあきれています。

 沖縄県の男性の平均寿命の低下と食事には関係ありません。もし、食事が原因だとすると、同じ食事をしている女性の平均寿命が依然一位であることの説明がつきません。

 実は、他の地域に比べて、沖縄県で最も食の欧米化が進んでいたのは復帰する前の占領下にあった時代なのです。復帰した1952年には肉類を1人1日平均102gも食べていました。本土の当時の肉類の摂取量は10.6gですから10倍も食べていたことになります。

 また、緑黄色野菜も本土の63.8gに対し111.5gと多くとっていました。しかし、その後、エネルギー、脂肪、たんぱく質の摂取量は減り、沖縄県が5年に一度行なっている県民健康・栄養調査(平成15年)では、肉類の摂取量は85.6gと初めて90g台を割っています。

 男性のエネルギー摂取量も2,029Kcalと全国平均(2,139Kcal)より低く、女性も1,664Kcal(1,724Kcal)と低くなっています。脂肪の摂取量は男性が64.6g、女性が54.0gと男性の方が多くなっていますが、これは男性の方がエネルギーの摂取量が多いので当然のことです。しかし、エネルギー全体に占める脂肪の割合(脂肪エネルギー比)をみると、男性は28.2%、女性は28.7%と、わずかですが女性の方が高くなっています。もし、男性の平均寿命のランキング低下が脂肪の過剰摂取にあるとすると、脂肪エネルギー比の高い女性が平均寿命トップの座を守っていることの説明がつきません。

 私は沖縄の研究を20年も続けていますが、男性の平均寿命の低下は、食生活に原因があるのではなくライフスタイル全般にあると考えています。たとえば、沖縄の男性の65歳の平均余命は今でもトップで、それなのに、平均寿命だけが低下しているのは、65歳未満の死亡率がいかに高いかを示していますが、若い男性に目立つのは、飲酒に関係する肝硬変などの疾病、飲酒関連の事故、自殺などで、こういった社会的な要因が原因ではないかと考えているのです。


井上    沖縄の労働形態も復帰前と後では大きく変わっています。沖縄の県民所得も本土の7割くらいで全国最低となっています。私は男性が飲酒に走るのも、社会的ストレスが大きな要因と思っています。

 いろいろな国や時代によってストレスの量や質には格差がありますが、この格差が大きいところほど平均寿命が短くなっています。この格差を少なくしてきたのが戦後の日本だったのです。最近はまた格差が大きくなりつつあり、これが沖縄の男性に顕著に表れているのではないでしょうか。


柴田    私も同感です。日本福祉大学の近藤克則教授が医学書院から「健康格差‐何が心と健康を蝕むのか」という本を出していますが、それによると、アメリカとキューバの所得格差は5倍なのに平均寿命には差がないとしています。キューバは国全体としては貧しくても国内での格差がないために平均寿命が長いというのです。また、アメリカも国としての平均寿命は男女とも先進国では下位にありますが、格差のない中産階級だけをみれば、日本より長いとしています。アメリカは国内での社会的、経済的格差が大きいために全体の平均寿命が短いのです。

6.やはり“ちょいメタ”がいちばんいい

和田    ネズミを腹八分で飼育すると長生きするという実験結果は、貝原益軒の養生訓の教えとも一致するところから、説得力があるように思われますが。


柴田    あの実験は1930年代のアメリカのマッケイという研究者がネズミで行なったもので、餌を無制限に与えた自由食群と制限食群を比較したところ、制限食群の方が長生きしたというものです。この年代というのは欧米、とくにアメリカでエネルギーの摂取量が増え肥満が問題になっていた時期です。そこで、アメリカ人への警告としてこういった実験結果が注目されたのですが、無菌状態で感染症の心配もなく飼育したネズミの実験をそのまま人間に当てはめることはできません。また、人間の集団を対象にしてエネルギーの摂取量を制限したらどうなるかの調査研究は欧米でも皆無です。


井上    この実験結果が、粗食をよしとする説の大きな後ろ盾になっているようですが、感染症に対しては、よく食べる人の方が抵抗力が高いという非常にシンプルなことが忘れられています。

 栄養過多の人に粗食を勧めるのならまだしも、低栄養が大きなリスクとなる高齢者にまで薦めるのは危険なことです。


柴田    日本というのは面白い国で、20世紀の100年間、エネルギーの摂取量はほとんど一定です。これに対し、欧米は20世紀に入ってから肉や砂糖の摂取量が増えたためエネルギーの摂取量が1,000Kcalも増えました。他の国には日本のような国民健康・栄養調査がないので、国際比較をするにはFAO(国連食糧農業機関)のデータを使うしかないので、FAOの食糧需給表でエネルギーの供給量(摂取量)をみると、アメリカは3,600Kcal、中国や韓国が3,000Kcalなのに対し日本は2,800Kcalとなっています。発展途上国の平均が2,700Kcalで、東アジアで日本より低いのは北朝鮮しかありません。腹八分だなどといって、これ以上エネルギーの摂取量を減らすと北朝鮮と同じかそれ以下になっていまします。


和田    私も20歳頃はスマートだったのですが、最近はやや太ってきたので「ちょいメタ」だといわれています。


柴田    それが自然で、日本のデータでもアメリカのデータでも中年期を境に4~5キロ、データによっては10キロくらい増えるのが自然だとしています。年をとったら、やや太るのが長生きの条件なのです。

 これは日本でもそうですが、年をとっても体重が増えない時代がありました。現在の発展途上国がそうですが、こういった国や時代は平均寿命が50年に達しません。


井上    青壮年期は、筋肉を使う動きが多いため、基礎代謝が高く、少しくらい食べ過ぎても太ることはないのですが、中高年になると基礎代謝が落ちてきて、余ったエネルギーが蓄積されるため太ってくるのです。

 年齢と、細胞内のエネルギー製造所とも呼ばれるミトコンドリアの密度をみると、加齢とともに密度が落ちてきます。高齢者を若者と同じ生き物と考えてはいけません。年齢という特性を加味して考える必要があるのです。


和田    中年太りという言葉もあるように、中高年者が太るのはともかく、国民健康・栄養調査をみると、男性はすべての年齢層で肥満者(BMI25以上)が増えています。


柴田    BMI25以上を肥満とするからで、先にもお話したようにBMIは24~27の間が最も健康で長生きするのです。男性の肥満者の増加傾向がこれからも続くようだと考えなくてはなりませんが、現状は平均寿命の世界トップのランクを維持するのにベストな状態で、むしろ、これ以上やせるようだとかえって危険です。


和田    最近は子どもの肥満も問題になっているようです。私の孫娘は小学校1年で、給食のお代りをしようとしたら先生に注意されたといっていました。背も高く、けっして肥満ではないのですが。


柴田    私も男の子4人を育ててきましたが、長男が小学校5年の頃に保健室に呼ばれて肥満だと注意されたことがありました。私は医者なので心配しませんでしたが、小学校5、6年の時には少し太っている子の方が健康で、将来、身長も伸びてきます。子どもは成長の過程を見守る、縦断的な観察が必要なのですが、今の保健指導にはそのコンセプトがないようです。

7.21世紀は感染症が最大の課題に

和田    食の欧米化は過去のことだとして、がんの構造も変わり、大腸がんなどが増えてきたのは食生活が変化したからだともされていますが。


柴田    以前、糖尿病をなくすには終戦直後の食事がベストだという専門家がいました。結核や感染症でばたばた死んでいた時代には糖尿病やがんになりたくてもなる余裕がなかったのです。平均寿命が伸びたからがんによる死亡率がトップになったので、胃がんが減るような国は、大腸がんが多少増えても当然なのです。


井上    国民全体が50歳で寿命が尽きていた時代と、80歳以上まで生きられる現代は違うのです。


柴田    虚血性心疾患による死亡率の高い国ほど平均寿命が長くなっています。結核や感染症による死亡率が高い国では、虚血性心疾患も大腸がんも発生しません。また、虚血性心疾患についても誤解があります。

 現在、心臓病が日本人の死因の2位になっていますが、心臓病に占める虚血性心疾患の割合はそれほど多くなく、日本人はその1.5倍も肺炎で死んでいるのです。


井上    感染症は人類の永遠の宿敵で、今後も変わることはないでしょう。アメリカでも今世紀最大の課題は感染症であり、とくに温暖化によるマラリアの北上に神経をとがらせています。私は大学院で勉強をしている間に船医としてペルシャ湾を航海したことがあるのですが、当時の湾岸諸国の平均寿命は約45歳で、大半の人が寄生虫疾患で亡くなっていました。湾岸諸国だけでなく、世界の半数の人がいまだに感染症で亡くなっているのが現実なのです。


柴田    とくに高齢者は感染症に弱く、肺炎で亡くなる方が多いのですが、最大のリスクファクターは低栄養で、アメリカの老化研究所は1996年に虚血性心疾患も低栄養が最大のリスクファクターだと発表しています。
 
8.高齢者のQOLを支えるのは食事と運動とメンタル

井上    いろいろ寿命の話をしてきましたが、日本人の平均寿命はこれ以上は大きく延びないように思っています。これから問題になるのは高齢者のQOLをどう考えるかであり、高齢者が亡くなられる時に「ああ、いい人生だったなぁ」と思いながら旅立てるようにバックアップする文化を育ててサポートしていくことが、重要な課題だと思います。


柴田    20世紀は、栄養の改善によって平均寿命を限界まで延ばした時代、21世紀は高齢者のQOLの時代だとすると、食事だけではなく運動も重要になってきます。


井上    新しい層を作りつつある若い女性と子どもたちには栄養学的なバックアップがまだ必要ですが、高齢者の健康とQOLを考えると、運動とメンタル面も考慮することが重要です。動物は動く生き物であるということをもう一度認識し、動くことを快楽に転化する仕組みや文化を考える時代だと思います。


柴田    私たちの研究でも、よく動き、社会貢献する人ほど長生きし、認知症にもなりにくいという結果が出ています。また、運動にも、やむを得ずやる家事労働のようなジョブアクティブと、意図的にやるレジャーアクティブがあり、ジョブアクティブをよくやる人は寝たきりにもなりにくいことがわかっています。


井上    アングロサクソンは、労働は休暇とレジャーを楽しむためのものと割り切っています。これに対し、日本人は労働そのものを楽しむという傾向にあります。働くことが楽しかったから、働き蜂といわれながらも、働き続けてこられたのです。団塊の世代以降の高齢者には若い人の職を侵さずに、賃金は安くてもいいから元気に楽しく働ける場を提供できないものでしょうか。


柴田    ちょっとおしゃれをして外出するだけでもいい運動になります。


井上    そこで、私は大学の講義以外に、阿倍野適塾という私塾を開いて寺小屋活動をしています。「知の空間」、「知のプラットホーム」というと格好いいのですが、定年退職で場所を失った団塊世代や、不良老人が生涯勉強できるようなたまり場を創りたいと考えてスタートしたのです。医学に無関係だった人がたくさん集まり、最近では若い参加者も増えてきて、みんなで多様な面から健康問題の勉強をしています。


本誌    井上先生から、「ファッションセラピー、高齢美革命」というビデオを送っていただきました。これは第27回医学会総会で井上先生が総合プロデュースされた高齢者のファッションショー「こころ いのち 彩る」であり、「夢と美を諦めた時、老化が加速する」というサブタイトルがついています。

この内容もご紹介したいのですが、紙数が尽きましたので次の機会にさせていただきます。ありがとうございました。