堀江敏幸「熊の敷石」小説

短編小説。
何か文章を読んで、自分として得られるものがあることが喜びである。
そして文章の手触りが、温かければ、また、荒々しければ、
それぞれに楽しい。
この小説では、筋書きも、舞台も、登場人物も、ちょっとしたネタも、教訓も、よく備えている。
読後の感想として、誰かに話す時も、いろいろと話せるだろう。
よくできた話である。古典的な結構を備えている。

しかしそれだけなのだ。
これが現代の小説の限界なのだろうか。筆者の好みなのだろうか。
よく分からない。
例えば、NHKの8時くらいの歌謡ショーで、細川たかしがいつもの歌をいつものように歌っているような、
非凡なのだが、風景としてはすでに平凡になってしまっている、
そんな感じがする。
現代のような情報過多社会では、ネタはもう出尽くしているのだろう。
最先端企業や最先端学者を登場させて話を引っ張るくらいしか、
novel新奇さは出ないのだろう。
読んだあげく、トリビアが一個でした、というような気の抜ける感じは
嫌だな。