愛国心

愛国心は結局、普遍的恒久的な価値ではなく、
ただ何かの目的のために利用されるだけだったと、
歴史は教えていますよね。

「国」とか「民族」というものは、時代により、
つまり、交通や通信の変化により、
意義が変化する。
よく言われることであるが、
ヨーロッパでは、欧州統合体が国の上位に位置し、意義を持ち、
一方で、国よりも下位の、地域が、国に替わって意義を持ち始めている。
国というものの意義が薄れてゆく時代なのだ。

人間の意識の届く範囲は国を超えてしまっている。
だから、国を最重要の単位とは考えなくなる。
一方、日常生活に大切な具体的な事柄は、
国ではなくもっと小さな範囲である地域の単位のこととなる。

こんな時代に、愛国と言うこと自体が、
なんだかよく分からない。
分からないが、一部の人は、利用価値はあると判断したのだろう。
でも、一部の人って誰で、何を考えているのだろう。
そこが全然分からない。

今時誰も、愛国で目くらましなんかされないだろう。
本当の目的と利益はどこにあるのか、
すぐにも馬脚をあらわすだろう。