富と権力と肉体と性的能力のピークの差

何のことかといえば、
たとえば、ゴキブリなら、
体が大きくて強いものが、
たくさんのえさを集め、
仲間内で一目置かれ、
子孫も多く残せる。
ここでは、
肉体能力と
富と
権力と
性的能力が一致している。

たとえば野球選手の場合、
体は元気で技術もある、
富がある、
性的元気もある、
権力はあまりない。

たとえば会社の場合、
富は上の人たち、
権力も上の人たち、
肉体と性は下の人たち。
ここらでは大きく食い違っている。

進化論的にいえば、
競争して、勝ち残ったオスの遺伝子を残したいのがメスなのだから、
ゴキブリの世界なら、分かり易い。

しかし人間の社会はそうではない。
性的ピークの頃は、
将来社会的に偉くなるかどうか、見当がつかない、
困る。それでおじいちゃんの登場である。

人間のメスは、
肉体と性的能力については、男を評価し、
富と権力については、おじいちゃんを評価している。
そのようにして、当人ではなく、二代か三代にわたって、評価しているのである。

これはゴキブリの時代にはなかったことで、
人間の寿命が延びたこともあるし、
記憶力が長いということもあるし、
現在の富や権力は容易には失われないという社会の仕組みもある。

結婚したあとに、たいした資産もないくせに、
「あなたはうちの資産が欲しくて結婚したのか」と聞かれる人もいる。
聞くほうについては診断がつく。人間のくずである。
聞かれるほうを慰めたいが、気の毒だ。

こんなことが起こるのも、人間の富のピークは、生殖年齢を過ぎて、祖父の世代になってからだということが基礎にある。

頭の悪い人間のやることというのは、
原則に照らすと分かり易いものだ。
人間のくずといったが、それでも足りない。
人間の生ごみである。