日本の政治とリバタリアニズム

日本の政治とリバタリアニズムについて採録

1、公共選択理論は何を教えるか
 現在の自民党の改革路線というのは、2001年に首相となった小泉純一郎元首相が旗印にしたものだが、彼の政策はその後の安倍政権を経て、現在の福田康夫首相に続いてきた。彼の主張した「聖域なき構造改革」は「小さな政府」を目指し、具体的には郵政民営化、道路公団民営化、中央から地方への税源移譲など、「官から民へ」の改革がなされたという建前であった。
 郵政の民営化に関しては、2005年の総選挙では自民党の中でも反対勢力を「抵抗勢力」と呼び、自民党から追い出すパフォーマンスで国民の支持を得た結果、圧勝を収めたのである。
 さて、小泉内閣をさかのぼること約20年、中曽根康弘首相は1982年から87年までに大規模な民営化政策を行った。日本電信電話公社(現NTT)の民営化、日本国有鉄道(現JR各社)の分割民営化、日本たばこ専売公社(現JT)の民営化など、多くの官業を民営化したのである。
 日本のように官業が数多くの分野で残っている国では、それらの赤字構造が定期的に問題化し、それを処理するために民営化が取り沙汰されるということなのだ。それが地殻のねじれのようなエネルギーとして溜め込まれ、定期的な地震活動よろしく噴出さざるをえないというわけである。
 しかし、小泉改革の対象となったのは、彼自身の長年の公約であった郵便局の民営化と、道路公団の民営化だけであった。政府による直接業務の非効率には、それ以外にも、まず本丸である、国民生活金融公庫、農林漁業金融公庫などといった公庫や国際協力銀行、日本中央競馬会などの特殊組織に代表される70以上もの特殊法人がある。
 さらに、その外側には武家屋敷として、自動車運転安全センターなどのどうでもいいような無意味有害な認可法人が86もある。その他、国からの補助金を受けている城下町には公益法人は1000以上もあるのである。まさに霞ヶ関官僚の天下りのために、虎ノ門には今なお広大なお化け屋敷が広がっているのだ。

官僚の天下り
 さて、官僚の天下りは、一体どの程度広がっているのだろうか。
 公益法人や特殊会社、独立行政法人などに役職員として天下りした国家公務員は、2006年4月現在で、2万7882人いる。このうち役員クラスは1万1888人であり、天下り先の団体は全部で4576である。2006年度上半期で省庁からこれらの天下り先への補助金や事業の発注などによる交付額は約5兆9200億円であった。これは民主党が要請し、衆院調査局が実施した結果、報告されているのである。
 この調査は毎年実施されている。前回調査では05年4月時点で天下りは2万2093人、交付金額は約5兆5395億円であった。この間も、小泉総理大臣の任期中である。つまり、小泉改革の真最中にも、天下り官僚も天下り先法人も増えているのである。
 これは驚くべきことだ。「改革」を謳った小泉首相の在任時に、官僚の利権は年間4000億円も肥大化していたのである。これだけをみても、改革というものがいかに不徹底であったこと、また改革の流れなど政府関連機関の肥大化には、なんの歯止めにもなっていなかったことがわかるのだろう。
 こういった実態を受けて、2008年には「官民人材交流センター」という、天下りを一元的に取り扱う組織が誕生するということになった。これによって、各官庁による直接的な後者などへの天下りを抑止し、後者や民間企業とその監督官庁との権益の結びつきを弱めようというのである。
 実際、このような政治家主導の天下り禁止には、既得権益をもつ官僚組織は大反対している。例えば、この官邸主導による国家公務員法改正案に対しても、財務省が反論書を提出している
 各省庁による天下りあっせんの禁止について、「一律に規制の対象とするのは適切でない」、さらに独立行政法人や公益法人などを除外するよう求めている。もちろん、他の省庁も同調するとみられている。
 また、その冒頭では「再就職に関する規制を先行して強化すると、官民交流を阻害するのではないか」と、ある種の正論をはいているほどである。改正案では、天下りあっせんをした職員に対しての懲戒処分が提案されているが、これに対しても刑法的に見て「十分な理論的根拠が明らかでない」と反発している。
 というわけで、天下りの規制はうまくいかないに決まっている。過去にも官僚の天下りは問題となり、官庁を退職してから2年間は再就職が禁止されたはずである。しかし、現実には、2年間が過ぎればやりたい放題になってしまっているのだ。「官民人材交流センター」でも、各省庁からの横槍が入って、実質的には「再就職には問題がない」というお墨付きを与えるだけになるに違いないのである。
 このような懸念は、多くの民間企業の側にも存在する。日本経済新聞の2007年5月9日の記事では、54%の民間企業では、しょせんは各省庁からの横槍が入って、天下りの禁止は機能しないだろうと予測している。
 またどのみち、抜け道も数多くあるだろう。たとえば、地方にも半官半民の第三セクターの企業は大量にある。まず、地方の出納局や副知事、助役として天下った後に、地方の三セクの役員に天下るのは、特に難しいことではない。
 おそらく、これ以外にもたくさんの抜け道があるだろう。補助金づけの地方自治体は中央とのパイプ役を必要としている。またゼネコンなどが国土交通省幹部との、また製薬会社や日本医師会が厚生労働省幹部とのパイプが必要であると考えるのなら、必ずや脱法的にルートができ上がるだろう。
 こういったすべては、許認可権限がうみだす悪しき政治的特殊利益である。これをなくすためには、我われの行政システムが徹頭徹尾、構成・透明で利益誘導のできないものである必要がある。しかし、そんな官僚組織はプラトンのイデアの世界にしか存在しない。だからこそ、例えば、ドイツなどでも42歳以降の中央官僚は他の企業に就職できないという法律があるのである。
 残念なことに、歴史法則として「権力は必ず腐敗する」。年金不安の問題でも、社会保険庁の年金データベースはまったく統合されないままに多くの人たちが年金額を減らされていた。しかし、だからといって職務が保障されている役人である職員の誰かがその責任を取るわけでもなく、給与が下がったわけでもない。
社会保険庁の役人にも、地方公務員にも社会保険料を着服した輩が少なくとも、100人以上もいて、約4億円が詐取されているのである。政府が民間企業よりも信頼できるとは到底いえないことは、この件からも自明だろう。
 民間企業には解雇という制度があるが、公務員でも分限免職という制度があり、その身分を奪うことができないわけではない。公務員への異常な優遇は止めて、民間と同じように中途採用も解雇も適宜おこなえばいいだろう。待遇の保証や天下り先が確保されていなくても、公務自体に意義を見出す人もいるはずである。そういう公共精神にあふれた人たちに公務をやってもらうべきなのである。
 戦後の安定した経済体制も、すでに70年にも届こうとしている。70年といえば、江戸時代において、大阪夏の陣によって戦国の世が終わり、江戸を中心とする幕藩体制が完成してから、やがて元禄文化が爛熟し始めるまでの時間である。当時、幕府は急速に財政難に陥ってゆき、やがて徳川吉宗による享保の改革が必要とされていったのである。現代社会のように変化の速い時代に、この長期間に制度疲労が起こっていないとするなら、それのほうがよほど奇妙なことだろう。
 実際のところ、官僚組織による自己利益の追求は、誰の目にも明らかだ。2007年3月発表の内閣府の発表した、公務員制度についての特別世論調査の結果をみてみよう。
 国家公務員が国民のニーズに応える働き働きぶりをしているかどうかについて、56%の人が「国民のニーズに応える働きをしていない」と回答している。うちわけは、「あまりしていない」が45・8%、「全くしていない」が10・2%である。これに対し「十分している」は3・1%、「ある程度はしている」も32・1%にとどまっている。
 さらに、働きぶりを評価しない人に、制度の問題点を複数回答で尋ねたところ、「『天下り』が多い」が75・5%で最も多く、「働きが悪くても身分が保障されている」(65・1%)、「給料が民間に比べ高い」(56・7%)と不満が続いている。
 また調査結果によると、天下り問題の解決策については、全体の44・1%が「企業などに再就職することは認めるが、出身の役所とは接触できないよう規制する」と回答している。また「定年まで勤め上げるようにする」が26・8%、「再就職が可能な企業などの選択を制限する」が19・6%であった。
 しかし、これらの対策は実質的に、官僚個人の経済活動や政治活動の自由を奪ってしまう。その実現は人権上も、あるいは社会公正の点からも望ましいことかどうか自明ではない。また現実的にも、官僚たちの強力な反対にあって実現することは不可能だろう。
 ここで重要なのは、こういった「官僚の天下り」といった現象に対しての、単なる対症療法を考えることではない。そうではなくて、そもそも高級官僚の天下りがなぜ多いのかを考えてみるべきなのだ。つまり、官僚の権力の源泉は、官僚組織が民間活動に対して、権限によって恣意的に経済活動の自由を規制していることにある、という事実に着目するべきなのである。
 我われのリベラルな願望は、自分のためには決して利益を優先せず、純粋に公益のために活動するような組織、あるいは人物たちを求めている。まさに、これはかつての共産主義者たちが抱いていた願望そのものである。
 我われの政治制度の設計にあたっては、現実の人間に不可能を要求したり、存在するはずのない人間を選抜しようとするべきではない。私たちの誰もと同じように、ごく普通の人が官僚になるのだという前提から出発するべきなのである。

公共選択理論
 1962年に経済学者であるジェームズ・ブキャナンと政治学者であったゴードン・タロックは、『合意の計算』という一冊の書籍を出版した。広く知られるようになったこの本は、「政治的な合意」が形成される際には、有権者による投票活動だけではなく、政治家にロビー活動をおこなう利益団体が大きな役割を果たしていることを指摘したのである。
 以降、このような学術研究は次第に発展し、公共選択理論と呼ばれるようになった。この研究はまた、ブキャナンとタロックを中心にヴァージニアにあるジョージ・メイソン大学やヴァージニア工科大学などの大学で進められたため、ヴァージニア学派と呼ばれることもある。
 今となっては、こういったものの見方に対しては、別段の驚きも感じないかもしれない。しかし当時としては、政治活動とは何か特別に理想主義的なものであり、利益団体が自分達に都合がいいように政治家や官僚を誘導していると認識するのは、大きな視点の転換だったのである。
 それまでの政治学では、「政治はいかにあるべきか」を問うことはあっても、現実の政治がいかなる過程でおこなわれているか、については多くの関心が割かれていなかった。これは、今でも多くの政治学者の陥っている現状でもある。
 ブキャナンとタロックは、有権者、政治家、官僚、利益集団のそれぞれが自分たちの利益を最大化しているという、経済学的な視点から現実のアメリカ政治を分析した。これをゲーム理論的に表現するなら、政治活動のプレイヤーのすべてが基本的には利己的であると仮定し、彼らが非協力ゲームの状況で行動戦略を選んでいると考えるのである。
 有権者は利益集団を形成し、政治家に投票することで何らかの特殊な政策を支持します。農家は農業保護を約束する政治家に一票を投じるだろう。政治家は、当選を確実にするために特殊利益集団から集票し、あるいは同時に特殊利益団体からロビーイストを通じて金銭的にも援助を受けるのだ。
 官僚はどうだろうか。中央政府、地方政府の役人は、それぞれ自分達の業務が増えると同時に、より大きな予算がついて、より大きな部署になり、分業で仕事が楽になるように法律を誘導する。権限が大きくなることもまた、後の再就職、天下りには有利になる。
 実際、こういった多様な思惑が、政治的な意思決定をめぐりって交錯し、全体の妥協としての法律と運用が定着することになる。このような視点は政治経済学の一部として目覚しい進展を遂げ、ブキャナンは1986年にノーベル記念経済学賞を受賞した。
 それから20年がたった現在では、民主主義的な政治にはひじょうに大きな非効率があることは常識となっている。例えば、アメリカでも砂糖やピーナツ、綿花などの価格には、政府の公定価格があって、農家は外国からの競争から保護されている。しかし、これらの農産物のどれひとつとして、アメリカのような先進国家で作られる必要性などはないのである。
 しかし、だからといって、民主主義に代わる制度があるわけでもない。明らかに独裁制、その他の政治体制が望ましいはずがないからだ。そこで、ブキャナンは後述するように、「立憲民主主義」を掲げ、憲法改正をおこなうべきだと主張しているのである。
 もちろん、このように政治家や官僚の行動が「すべて」自分中心であると考えるのは生きすぎだろう。実際、タロックは『行きづまる民主主義』において、「人間は95%利己的で、5%は利他的である」という程度の前提が現実的ではないかといっている。
 その意味するところは、我われの誰もが自分や家族の生活を一番に考え、ついでさらに親戚や友人にも関心を寄せるということである。そして、もっと一般的な人びとの生活を改善するような慈善活動には、収入のせいぜい5%程度も寄付をすればいいところだというのだ。
 この利他性についての議論はまた、本書の最後に議論することにしたい。それにしても、官僚が利己的というよりは、我われ庶民のことを第一に考えているなどというのは、それこそトンデモさんでも主張しない事実になってきたご時世である。反対に、トンデモさんたちには、官僚の陰謀論のほうが人気があるだろう。
 現在、政府はいくつかの公共サービスの担い手を、民間業者と官庁を競わせて決めるという「市場化テスト」をおこなっている。当然ながら、これは権限を縮小されかねない官僚の反対でまったく導入が進んでいない。
 日本経済新聞2007年5月8日付けの記事では、市場化テストは、国民健康保険の窓口業務などを始め25事業あるが、民間事業者と契約しているのは6事業だけで、残りは進んでいないという。
 これを受けて、より多くの民間業者が市場化テストに参入しやすいように、委託を複数年度化することにした。厚生労働省が反対しているハローワークの無料職業紹介にも来年度から市場化テストを導入すると同時に、テストに非協力的な場合には役所に対して一定のノルマを課すというのである。
 ハローワークにいってみてください。パソコンの求職欄を見るために多くの人びとが詰め掛けているが、その対応は完全に普通のデスクワークそのものである。この業務をおこなうのが2万2千人もの公務員である必要などは到底存在しないことは明らかだ。

ブキャナンとフリードマンの立憲主義
 ブキャナンはもともと財政学者であり、アメリカ財政の健全化のために、憲法の改正が必要であると主張してきた。それは、アメリカ政府の赤字を禁止するということ、さらにある法律が支出を伴う場合、その支出に見合った収入を確定することを義務付ければならないというものである。
 これは、19世紀の経済学者である、ベーム・バヴェルクの影響を受けたものである。たしかに、政府支出に見合う税源を同時に確保しなければならないのであれば、財政赤字はなくなるだろう。これは、それ自体が望ましいことだ。
 日本のように財政赤字が1000兆円を越えているような超赤字国家では、その重要性はますます高まるというものだ。だから、このような形で、民主主義政治の身勝手さに、一定の憲法的な歯止めをかけるというのは、たしかに必要なことだろう。
 しかし、それだけでは、人びとの自由を守ることはできない。いや、その逆に、税金を払えばすむような政治問題を、職業選択の自由を束縛するという、より悪い形態の政治活動を生み出してしまう可能性が高いのである。
 例えば、農業保護のために税金が支出されていたとしよう。税金をバラ撒くことができなくなった場合には、農家を保護したい政治家はどうするだろうか。おそらく、農業への参入規制や、農産物の生産の割り当て制度を創設するような法律によって、実質的な農家保護をおこなおうとするだろう。
 政治家にとっては、補助金をつけて農家を保護しても、あるいは消費者に生産物を高く売り付けるような法律をつくって農家を保護しても、農家の所得が上がる限りにおいては同じだからである。
 しかし、このような制度は、補助金制度よりも、はるかにたちの悪いものである。補助金制度であれば、有権者は予算をみることによって、そのような政治活動の規模を知ることができる。それに基づいて判断することで、ある政策が方向性として支持されるとしても、その規模が妥当なのか、あるいは過剰なのか、過小なのかを考えることができるのだ。
 これに対して、法律による参入制限や、生産量の調整の場合には、消費者は割高な商品を買わされることによってコストを支払っているが、そのコストはまったくはっきりしない。そういった場合には、コストを推定するために経済学者の活動が必要になるが、その方法は複雑であることが多く、結果も曖昧にしか示せない。
 結果として、有権者はある政策が国民に課するコストを明確に知ることがないままに、政治家や官僚の善意におまかせするというしかないことになる。なるほど、この結果は、財政赤字にはならない。しかし、小麦の輸入に250%の関税がかかっている日本では、私の食べているパンもパスタも国際価格の3,5倍になっているのである。
 つまり、私にとって関税は税金と同じなのだ。しかし、関税は私が直接に払っているわけではないために意識されないが、税金は集めるというのはあまりに直接に意識されるために、政治家はむしろ関税による農産物保護を好むのである。
 自由を重要な価値だと考える私にとっては、このような職業選択、それに含まれる職業活動の自由の制限は、税金よりもはるかに危険な制度である。なぜなら、個人の活動を制約するというのは、本質的に税金を徴収するよりも、いっそう抑圧的・権力的で許されないことだからだ。
 このことを私に教えてくれたのは、20世紀後半を通じて大きな影響を与えた自由主義経済学者である、ミルトン・フリードマンであった。フリードマンは、1979年にそのベストセラー『選択の自由』において、アメリカ憲法の修正案を提示している。そこでは、職業活動の絶対的な自由を保障するために、職業選択の規制の禁止、外国貿易の制限の禁止、特定の生産活動への補助金の禁止、などの広範な禁止条項を議論しているのである。こういった禁止条項がなければ、政治は無限に肥大化して、市民の生活を貧しく不自由にしてしまうのである。
 フリードマンの主張は、イギリスのサッチャーやアメリカのレーガンに採用され、1980年代の、「小さな政府」に向けた経済改革を方向付けたものである。当時、イギリス人であるサッチャーは、もっとも尊敬する経済学者としてフリードマンの名前を挙げていたほどである。
 我われ日本人についても、良くも悪くもアメリカ人ダグラス・マッカーサーのおきみやげというべき日本国憲法のおかげで、職業選択に自由が保障されている。日本国憲法の22条1項には、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」という規定があるのだ。
 しかし残念なことに、この「公共の福祉に反しない限り」という限定がついていることで、ひじょうに多くの職業規制が許されてしまっている。もちろん、多くの人びとは、職業活動の制限などは、政府のなしうる当然の裁量の範囲内のことだと考えている。しかし、そのような思考は、我われの社会全体を貧しく不自由なものにしてしまっているのだ。
 ブキャナンやフリードマンの提案する、民主的な政治から自由を守る立憲政治というのは、実質的な職業選択と、職業活動の自由を、憲法レベルで保障しようとしたものである。法律学者のように、使う言葉は美しいが、実質的な判断になるとほとんど何の意味も果たさないような、無意味な言葉遊びではない。

自由の経済的、倫理的価値
 19世紀には職業選択の自由は、自由権のなかでも中心的な位置を占めていた。19世紀に完成した近代社会とは、それ以前の封建主義的な土着社会、あるいは慣習的な社会秩序の否定の上に形作られていったのだ。
 近代以前の封建社会、あるいは階級社会においては、自分の出自によって、職業が決まっていた。しかし、こういった出自には関係なく、個人レベルでの職業選択の自由を保障することは、適性のある個人が希望する職業につけることにつながり、経済活動が活性化する。また、転職も自由なので、斜陽産業から新興産業への労働力の移動も円滑になる。
 その結果が、近代的、効率的な経済生産をもたらした。自由な職業選択とそれに伴う生産活動の自由は、機械産業から石油化学工業、さらには自動車産業にいたるまで、資本主義の高度化に不可欠だったからである。
 例えば、自動車の製造は政府によって始められたのではなく、ゴットリープ・ダイムラーやカール・ベンツなどの、発明家によって始められたのである。当時の各国政府は、軍馬の改良にはいそしんでいたが、自動車などが交通の中心になるとは予想もできなかったのだ。
 同じことは、飛行機にも当てはまる。1903年に飛行に成功したアメリカのライト兄弟は単なる趣味人であった。フランスでもサントス・デュモンが1906年に、ライト兄弟とは独立に飛行に成功した。彼らは純然たる民間人であり、政府部内には、その頃、飛行が可能であり、飛行機が重要な役割を果たすことになると考えた人などいなかったのである。
 この例に明らかなように、自由は、我われの世界の外延を広げてくれる。これに対して、政府の計画が我われの生活を豊かにするというのは、全体主義の好きな社会工学者の陥りがちな幻想でしかない。
 しかし、20世紀に入ると、この考え方には変化が生じた。世界恐慌の結果、そういった経済状態を立て直すために、政府が直接に多様な規制や財政支出をするようになったのである。これはアメリカでは1930年代にフランクリン・ローズヴェルト大統領がニュー・ディールとして始めたものである。
 同じ頃、ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』をあらわし、政府が経済に介入するのは当然だという考えは、経済学会でも一般的になっていった。このような政府の役割の増大は、同時に、政府は国民の福祉の向上のために多様な政策を積極的におこなうべきだという考えとも親和的であった。その結果、戦後の思想潮流は平等を目指し、大きな政府を容認する民主社会主義勢力が支配的となったのだ。
 その後、1980年代に入ると、大きな政府のもつ自由の抑圧性、そして職業的な自由の規制から生じる経済の沈滞が問題になってきた。イギリスでは保守党のサッチャー首相が、またアメリカでは共和党のレーガン大統領が、そして日本でも中曽根首相が、「小さな政府」による効率的な経済を目指したのである。
 彼ら自由主義的、あるいは保守的な政治たちは、多くの国営企業の民営化、あるいは多様な規制の緩和をおこなった。このような経済の自由化は、ソヴィエトを中心とする社会主義国家の崩壊によって、インドやアフリカなどにも広がり、世界的にもっとも盛んになったのである。
 それ以降、21世紀の現代世界は、スウェーデンをモデルとするような民主社会主義勢力と、アメリカをモデルとするような自由主義的勢力が均衡しているといえるだろう。これを反映しているのが、例えば、1997年から2007年までの間、政権を担当していたイギリス労働党の首相であったトニー・ブレアの政治運営である。彼の政策は、労働者階級の保護というよりは、企業の競争力にも配慮した、いわゆる「第三の道」路線であり、中道的なものであった。
 2007年のフランス大統領選挙もまた、世界の縮図をあらわしていた。アメリカ型の自由主義を標榜したサルコジは、北欧型の平等主義を標榜したロワイヤルに53%対47%という僅差で勝利したのである。フランスの労働規制は週35時間労働と労働者の解雇不能に代表されるように、ひじょうに厳しいものである。それは現在の労働者を保護しているかもしれないが、同時に若者の失業率を上げて、フランス企業の競争力を低下させているという点が論争となったのである。
 日本でも、江戸時代に存在した士農工商という身分制度を廃止し、「四民平等」を強権的に実現した明治時代の政策は、基本的に近代社会を構築しようしたものである。西南戦争をはじめとして、これは既得権益層である武士の大反対を押し切っておこなった、社会の大改革だったのである。
 それ以後、明治時代の職業活動は基本的に個人の自由に任されていた。職業規制はあまり存在せず、政府の殖産興業政策ともあいまって、紡績、鉄道、電力、製鉄、造船など多くの活動が民間起業家によって隆盛した。
 しかし、明治時代の到来から70年が過ぎると、状況は急速に変化していった。日中戦争が深刻化する中で「進歩官僚」たちによる社会主義的な1940年体制が確立した。国家総動員法などの立法を通じて、新聞や電力、鉄道などの大幅な合併が強制されていき、次第に職業活動の自由は大幅に制限されることになり、それは当然視されるようになっていったのである。
 しかし、今でも自由のもたらす、経済成長に対する意義はまったく失われていない。現代世界の超大国はアメリカだけになったが、アメリカ社会の自由の精神はグーグルやセカンド・ライフなどのあらたなビジネスを次つぎと生み出し続けている。これとは対照的に、精神的な自由が抑圧されている中国では、現在のようなキャッチ・アップの段階ではうまくいっても、先進的なサービスや商品を生み出すことはできないだろう。
 また倫理的な基準からしても、むしろ十分に経済的に発展した豊かな社会においてこそ、職業活動の自由は重視されるべきなのである。なぜなら、職業生活はほとんどすべての人にとって、もっとも長い時間を割いておこなう活動であり、自己認識や人間の尊厳、主体的な自己実現など多様な価値を体現しているものだからである。
 漫画家になりたいという人がいたとしよう。彼が自分を実現するためには職業の自由が必要である。その結果、日本のコンテンツ産業は隆盛するかもしれないし、あるいはしないかもしれないが、どちらであれ、そもそもそういった考慮自体が社会主義的なのである。豊かなで自由な社会では、だれであれ自分の好きなことをする権利があるのであり、それは経済とは関係のない次元で、人間の精神にとって比肩することのできない価値なのである。
 このことは、最低限度の生活を超えれば、人間の精神的な満足感は、食料よりも、思考や芸術などの精神活動、あるいは自己認識などに、はるかに多くを依存することからも明らかだろう。

弱者保護の理念を認めてみても
 さて、ブキャナンとタロックによる名著『合意の計算』は、政府という意思決定主体の内部力学を、利己的な個人の行動から説明しようとした。
 政府は国民に法律を強制できるため、各種の利益団体が政治家に働きかけて、自分達を利するが、一般国民の利益には反する法律を通そうとする。これによって、一般国民の経済活動の自由が奪われ、利益団体には税金が投入されることになる。その結果、社会全体は技術に可能なはずの生活に比べて、はるかに職業活動の自由が規制され、税金が増えて貧困になるというわけなのである。
 しかし、これは政府だけの問題ではない。政府からの特許を得て、活動をする団体はすべて基本的には国民の利益を害して、団体の構成員の利益を図る。どのような団体であれ、政府の特別な許可や保護があるのであれば、消費者を搾取することは、いわば公認されているからである。
 日本の場合、これには運転免許センターや水資源開発機構、社会保険庁のような公営の法人もある。しかし、それだけではなく、地域独占を政府から公認されている電気やガスなどの株式会社も含まれるだろう。とりあえず、以下に日本にはどのような制度的な歪みがあって、それが日本人の生活をどのように貧困化しているかを、トピックをあげながら見てみよう。
 なお、私は無政府資本主義者だが、この本では弱者保護を目的とする福祉国家を肯定するという前提に立って議論をする。そのような前提を取ったとしても、現状の日本の政策はあまりにもチグハグで、不必要かつ有害なのだ。
 これには、環境問題のような善意の勘違いもあるし、農産物保護のような利益団体の活動や愛国主義などが入り混じったものもある。ともかく、日本の諸問題をいくつか挙げてみたい。それらの制度から大きな利益を受ける人びとがいて、彼らはある意味で弱者であると考えられていたり、過剰な保護に値すると考えられていることがわかるだろう。
 最終章では、これらの諸悪を肯定するような心理について考えよう。我われの品性が低いから、そういった利益団体を利するような政治制度を作り上げてきたのだろうか。私の考えでは、もちろんそうではない。
 社会には多様な事実や状況があり、その曖昧さの中で、誰もが自分の取り分を正当化する。そういった人間の一人一人が有権者として政治制度をつくるのである。そこでは、強者がより大きな金額を政治に使うことができれば、彼らに有利な制度が出来上がるのは必然的だろう。
 また同時に、我われの心の中にあるリベラルな幻想が、一つ一つの制度がある特定の弱者に見える人びとを保護していると認識し、正当化している。しかし、その結果が全員の首を絞めることになっていることには、ほとんど注意が払われることはない。
 終章では、我われが肥大化した福祉国家を目指すべきではないこと、せいぜい所得の再分配のみをおこなう「小さな国家」を目指すべきだという考えについて、もう一度検討してみたい。