静かに燃える古い神社札

どうせゼロから始めた人生である。
最後にゼロになっていればそれでいい。

古い神社札があるので、
あした燃やしてしまおうと思う。
よく燃えるだろう。

生きて何を経験するものか、
しっかりと経験したいのだ。
その幅はある程度広い方がいい。
同じことを続けていると、
わたしは「頭が詰まってくる」感じがするのだ。
苦しくなる。
かといって、どの人の人生も、中心の柱になる仕事というものは、
繰り返しなのだ。
わたしはその繰り返しを飛ばしてしまう選択をしたのだった。
その結果については責任を持って引き受けるつもりだし、
人のせいにも神のせいにもしないつもりだ。

最近読書について思うのだが、
昔の読書の感覚と違っている。
何冊か続けて類似分野の本を読んでいるとそれなりに内的関連の洞察がひらめき、
自分としての感想が構築されて行く、
かつてはそのようであった。
いまはやや違っている。
年をとったのだ。

皆さん、特に若い人、
頭が働くのも、若いうちです。