大江健三郎「話して考える」と「書いて考える」10

○老婦人にとつて、その人生の「時」は、いまや静かな回想の中にある。

●なるほど。確かにそうだろう。回想の中のいくつかの場面を関連づけて、対応させたり、内的関連について考察したり、感情の流れを確認してみたり、いろいろなことができるはずなのだ。

●そうした回想をより意識的に行うなら、文学にも、宗教にも近くなるはずだろう。

○しばしば、「もう時がない……」と感じとる。少年も老女も。

●それはなぜなんだろう。ひとつには、現在の一瞬が失われるものであるという事実に基づいているかもしれない。

○読み直すこと。リリーディング。

○シリアスな・真面目な読者とは、リリーディングをする読者のことだ。

○必ずしもそれは、もう一度読むということではない。本の持つ構造のパースペクティヴのなかで読むこと。それが言葉の迷路をさまよっているような読み方を、方向性のある探求クエストに変える。

●なるほど、たとえていえば、読書する時、読者として、著者の提示する平面で一緒に楽しくさまよう、しかし、その一方で、その平面を高い地点から俯瞰することもできているなら、読みながら同時に別の視点の読み方ができているはずだろう。

●日常生活を生きていて、そのように視点の移動がしばしば円滑にできているとしたら、一種の達人であると思う。その人にとっては、目の前にあるひどい現実も、相対化されるだろう。