人権問題について、国際社会と大きな感覚のズレがある 読売社説

聖火護送リレー 「平和の祭典」からはほど遠い
 テレビ中継を見ながら、「こうまでして聖火リレーをする必要があるのか」と感じた人も、少なからずいたことだろう。
 人権問題について、国際社会と大きな感覚のズレがある。

 中国政府は、ようやくチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世側との対話を再開する姿勢をみせたが、五輪のためのポーズで終わらせてはなるまい。
(読売社説)

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大きな感覚のズレというのは
重大な表現で、
「感覚」のズレならば、他人がとやかく言うべきものではないということにもなるだろう。
「とやかくいうべき何か」なのではないか?
しかしその根拠は何か?
人権問題は感覚の問題なのか?

あなたは間違っている、
なぜなら、と理由を述べて、相手が納得するような実験や証拠を用意できるか?
そこまでしなければ、
中国には土地もあり人口もあり資源もあり技術もあり歴史もあるのだから、
感覚がズレているというだけの表現で引き下がるとは思えない。
あなたが正しいと証明してみなさいと言われるだけだ。

知り合いの中国人はもちろん、よくないです、と言っているが、
中国政府の言い分としては、
感覚のズレならば、向こうからみても、こちらがズレているはずだ。
多数決で決める問題なのか?
一人一票なら中国は強い。一国一票ならアフリカも強いしEUも強くなった。
GDP換算で多数決をしたいところだろうがそんな制度はない。
G7とかで多数決をする?

各国で歴史に違いがあるのだから、感覚にズレがあるのは当然のことだ。
アフリカでの性習慣が、エイズその他と関係し問題があることを連想する。
少しずつ理解してもらうしかないが。
そのような発展段階なのだと安易に言うことも最近は批判されると思う。

たとえば中国には宦官がいたし、纏足があった。もともととんでもない国である。
しかしまた西洋ではカストラートはましな方で、
魔女裁判から自己去勢まで。まけずにとんでもない。
そうした自己抑制の宗派がドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟に絡んでくる。
遠い話ではない。
捕虜を去勢された奴隷として使用しようとする目的で去勢していたのは
ずっと昔のシュメール人。
家畜を去勢すると従順になり命令に従い易くなることを知っていた応用したらしい。
アフリカではいまだに女性器切除があり、FGMと呼ばれている。

人間はこんなもので、
だからこそ中国はズレたままでいるのだし、
誰もどうにもできないのだと思う。
長い時間が必要だと思う。

それより、聖火リレーはごり押しで通すくせに、
年金問題は解決不能だし、
健康保険問題はもう明らかにまずいし、
どうして地道な日常的な活動がきちんとできないのか問題だ。
個人で言えば、運動会だけは張り切って、
普段はでたらめな学生のようだ。
運動会なんかやめなさいとお仕置きしたくなる。