新国立美術館にてピカソ展-3

巨匠ピカソと書かれていて、思い出すのは、
料理番組で広尾の巨匠とか六本木の鉄人とかそんな言われ方をしているようなこと。

ピカソに巨匠などということばをくっつけるセンスのなさを思う。
ピカソと巨匠を比較すれば、ピカソのほうがはるかに偉大だと思う。

音声ガイドは500円、テレビ朝日の人たちで作ったようだ。
内容は特にどうということもない。
女性遍歴の中で、この絵はどの人とどうしたときとかそんな話。
ないよりはいいという程度。

すいているわけでもないが混んでいるわけでもない。
順番に見ていく。時々順路が分からなくなる。

ピカソという人はそれぞれの時期で傑作を残していて、やはり文句なしにすごいものだと思う。

ピカソらしさはあって、それが限界といえば言えるのだけれど、
しかしその領域内で振舞っていても、創作の限界はあまりなかったようで、次々に作品は生まれている。

描きかけなら描きかけでいいものだし
触るものすべてを黄金に変えるという趣である。

このように感じるのは、私の感じている絵画というものが
まだピカソの影響範囲内にあるということなのだろう。

絵画のスタイルを変えることと
女性を遍歴することとが関連付けられている。

確かにそういうことはピカソの場合にはあっただろう。
それがいいことかどうかといえば
コメントは難しい。

女性がいなくても変化は起こっただろうと思うが。

年をとっても新しい女性に興味があり
それが満たされるというのは
芸術家であることとは
たぶん本質的な関係がないだろう
世間のお金持ちの中にはよくあるタイプだ

女性の中にも、社長よりも芸術家がすきという人もいるのだろう。
作家や芸術家の場合にはこのようにして話題になることがある。