ネット社会擁護

必要があって知人のコンピュータをいじっていたら
速かった
マシンも新しいしVistaはなんだか余計な感じはするものの特に問題はないし
ウィルスソフトが最新型で速くなっているのではないかとのことだったが
これならもう充分だと思った
人間が情報処理できる範囲は完全にオーバーしているだろう

ネット社会と全能感が結びついて
リアルな社会が軽視されて問題だなんていうのだけれど
これだけの技術があれば
たしかにリアルな世界での葛藤を回避して
バーチャルな世界に閉じこもりたくもなる。
だってずっと楽しいしずっと能力を発揮できるから。

現代社会の人間はわがままになっていてこらえ性がないなどと言われるのだが
それはお互い様というもので
相手もこらえ性がなくなっているとしたら
どうしてこちらだけ我慢しなければならないのか分からないし
結局そんなことに関わっているよりも
バーチャルな世界で充分に楽しいとなるだろう

ドラマ「ハケンの品格」を見たり
韓国ドラマを見たり
煩わしいコマーシャルは抜きだし
自由にストップできるし
調べ物もできるし
チャットもできるし
買い物もできるし
何も不自由はない
たまにさとう珠緒をみて笑うのだっていい気晴らしになる
カエラちゃんも楽しい

画像も音楽も文章も充分だ
一日ずっと図書館で遊んでいるようなもので
私にとっては何の不足もない

どうしてこれがいけないのか私には分からない
私は人間らしくなくて
精神発達が遅れているとでもいうのだろうか

遅れているとかゆがんでいるとかでも
私にはこの方が楽で
変なオヤジの機嫌をとっているよりずっといい

電気代も大してかからないし
パートナーの夕食もネットで調べてちょっと作ればおしまいだ

ネット社会でのバーチャルな全能感というのだけれど
私にとってはネット社会でのリアルな全能感なのだ

いらいらしてるのは年とったおじさんたちじゃないかという気がする
昔ならこれやっといて、で済んだものが
最近は自分でエクセルの表を作らないといけないのだろう
それであたしらがちょいちょい作って
すぐできますよなんていうのを
頭に来てバーチャルな全能感などと呼んでいるのではないだろうか。

あんたたちの方こそバーチャルな資本主義社会の全能感なのだと思う

なんであたしが我慢してあの人たちの文句を聞かなきゃ何ないのか
全然わかんない

放っておいてくれれば一番うれしい
あたし等はあたし等で遊ぶから
寂しくないから
放っといて