多少自己愛的でいい

こんなにしつこく自己愛について書くとは思わなかったけれど
自己愛についてこんな問題があると書きながら
それでも多少自己愛的でいいのだと思う
うぬぼれて独りよがりで世間が見えなくて
そのおかげで自分を信じて前に進めるのならそれでいいではないかと思う
それぞれがそれぞれの道でどんどん前に進んでくれる姿の方がいい
他人に気を遣ってひっそりしているよりは
やかましいくらいに自分を主張して
自分を信じ切って
自分を認めてくれる人を真剣に探してさまよい
そんな感じで道を切り開いていくたくましさがないと
これからの社会では
特にグローバル社会では頼りない

政治的な意見の対立の局面でも
若いうちはうぬぼれていてもいいと思う
年をとったらうぬぼれに対応するくらいの実力がついていればいい
年をとってもうぬぼれだけだとそれは有害

国家主義的な感覚を
ナルシスティックというかアイデンティティというかは難しいところだろう
社会が容認すればアイデンティティに近くなるし
社会が容認しなければ独りよがりな未熟な考えということになる
まただからこそ、仲間を作りたがる
自分はひとりでも論理の正しさで優越していると信じて、それで事が済むものでもないのだろう
ある程度支配の感覚を含んでいるのではないかと思う
社会のために犠牲になってくれる人を誰も悪くはいわないが
その人が、だからおまえも犠牲になれとか、だからおまえは俺のいうことを聞けなどと
言い出すと賛成できない人も増えることになる。

程度の問題である。