全身倦怠感と漢方薬

今回は全身倦怠感のお話をします。大学病院総合診療部に来院される患者さんの主訴で、全身倦怠感はベスト3に入るほどよく見かける症状です。漢方では全身倦怠感の原因を、生命エネルギーの不足(気の不足気虚)と考えます。生命エネルギー()は、十分量のバランスの良い食事から作られますので、胃腸の調子が悪ければ、生命エネルギー(気)を作ることができず、全身倦怠感が起こります。また、試験などを受けて緊張した後では、どっと疲れませんか? 気の使いすぎも全身倦怠感の原因になります。

 本稿では、この2つの原因による全身倦怠感を取り上げます。初期のうつ病患者さんも全身倦怠感を主訴に来院します。

症例1 胃腸の調子を崩して全身倦怠感を生じた患者さん
患者さんは身長 150cm、体重 40kgと小柄な68歳の女性です。体がだるく、食欲がないと8月下旬に当科を受診しました。話をよく聞いてみると、暑いのでクーラーを効かせ、冷たいものをたくさん飲んでいるうちに食欲が落ち、体が疲れやすくなったそうです。

 身体診察では、体温 35.2℃、血圧 102/52 mmHgと低体温低血圧傾向でしたが、そのほかには異常所見を認めませんでした。初診時の一般検査として検尿血算生化学検査を行いましたが、こちらも異常ありませんでした。

 次の診察前に胃カメラの検査の予約を取った後、患者さんに対し、西洋医学的な検査で異常がみつからない場合でも、漢方という別の見方で診察すれば、病気の原因が分かるかもしれないと説明し、漢方の診察・治療に移りました。

 漢方診察の所見:問診にて、もともと冷え症で胃腸も弱く、体調を崩すと下痢をするタイプ。食後はなんとなく体がだるくなることが多いようです(胃腸虚弱タイプ、漢方用語では脾虚)。
視診では、色白で、やせ型、体力がないような印象(虚証)。
脈診では、脈の力は弱く、指で押し付けると脈は消えてしまいます(虚証)。
腹部診察では、やせていて、筋肉や脂肪があまりついていません(虚証)。

 以上から、胃腸の調子を悪くしたために全身倦怠感が生じたと考え(脾虚からくる気虚)、補中益気湯ツムラTJ-41)3パックを処方しました。2週間後の来院時には、ほぼ症状は消失しており、胃カメラの結果も慢性胃炎でしたので、さらに2週間、補中益気湯を服用するように説明して、終診としました。

 補中益気湯はその名のとおり、「お腹(中)を補って益々元気(気)にする薬(湯)」です。胃腸の調子を良くすれば、患者さんは元気になるな、と考えられる場合には、どんな症状であっても試す価値はあると思います。最近では、免疫力を高める作用も報告され、特に横隔膜より上の癌の術後の体力と免疫力増強の目的で用いることがあります。

症例2 気を使いすぎて全身倦怠感を生じた患者さん
  患者さんは身長 158cm、体重 50kgの中肉中背の16歳女子高生。夕方になると体がだるくなるため、5月中旬に家族に連れられて当科を受診しました。高校に入学するまでは元気な中学生で、希望する高校にも入学でき、楽しい学校生活を送っていると本人も家族も話していました。

 5月の連休を過ぎたころから、学校から帰宅するとぐったりして夕食も十分に取れなくなりました。ただし、休日にはこの症状は出ないそうです。全身倦怠感以外に症状はなく、睡眠障害も認められませんでした。両親に退席してもらって、友人関係の悩みなどがないかを確認しましたが、特に問題はないとの返事でした。

 身体診察では顔の表情も快活で、心肺腹部に異常所見を認めませんでした。初診時の一般検査でも検尿、血算、生化学検査は異常なしでした。面接した印象では元気で良いお嬢さんに見え、この時点で全く鑑別診断が思いつきませんでしたので、困った時の漢方頼みとばかりに、患者さんと家族に漢方診察の説明を行い、診察に入りました。

 漢方診察の所見:冷え症生理不順生理痛は認めません。中学校からバレーボールをしていて体力はありそう(実証)。
脈は力があるがやや速い印象(実証、緊張しやすい?)。
腹部診察では腹直筋が緊張していて、触られるとくすぐったいと言う(緊張しやすい)。

 以上の所見から、緊張しやすいタイプであり、慣れない学校生活で緊張のあまり気を使いすぎて疲れきっているのではないかと考え、その旨を説明すると、そうかもしれないという答えでした。

 緊張しすぎて疲れる場合は、交感神経(肝)の緊張を抑える(抑)という名の抑肝散が効きますと説明し、抑肝散(ツムラ、TJ-54)3パックを処方し、2週間後の予約を取りました。2週間後の予約日になって母親から電話があり、すっかり元気になったので、今日の受診はキャンセルしたいといううれしい連絡があり、終診となりました。

 抑肝散はもともと赤ちゃんの夜泣きの薬ですが、最近は高齢者の夜間せん妄などによく用いられます。過度の緊張からくる症状によく、緊張から生じる眼瞼けいれん、チックなどにも使われています。

 最近の学生・生徒は、仲間はずれ、いじめ、失敗を極度に恐れるためか、友人関係が過度の緊張状態になっているように思われます。私はこの患者さん以外にも、全身倦怠感で来院し、抑肝散の効果が認めた学生さんを数人経験しています。数少ない経験ではありますが、抑肝散はストレス社会にいい薬なのかもしれません。

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他にもいろいろあり、柴朴湯、桂枝加竜骨牡蠣湯、半夏厚朴湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、柴胡桂枝乾姜湯など、ストレスに有効な漢方薬はいろいろある。