映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』1997

『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』を見た。

1997年公開、アカデミー賞受賞。

主演しているマット・デイモンがハーバード大学在学中の1992年、

シナリオ製作の授業のために執筆した40ページの戯曲を親友であるベン・アフレックに見せた。

そのシナリオが元になっているのだという。

すごいな、マット・デイモン。

ロビン・ウィリアムズは、

いまを生きる -Dead Poets Societyや

ガープの世界 The World According to Garp 

で印象深いが、

この作品でも精神科医を演じてうまい。

実際はこんな技法でやっていたら一年くらいで燃え尽きて、

何度も世界旅行に出かけていないといけなくなるだろう。

天才的な頭脳を持ちながら

幼児虐待のトラウマから逃れられずにいる一人の青年と、

最愛の妻に先立たれ人生に臆病になっている精神分析医を描く。

主人公が人生に踏み出さないのには理由がある。

人間不信には理由がある

悪友と付き合うのは彼らが無条件で受け入れてくれるからだ

捨てられる前に独りになってしまうのは理由がある

悪友が言う、

「おまえは俺たちと違って

当たりくじを割り当てられた

でもビビって換金しないでいるだけだ」

なるほど、そうだろう。

周囲から見れば当たりくじは勿体ない。

本人にしてみれば煩わしい。

心の傷はそこまで染みこんでいるのだ。

傷が生きる意志を麻痺させている。

精神科医との交流と、恋人との交流が、シンクロしながら、

主人公の心を変えていく。

人生は出会いだと思う。

精神科医は

「おまえは悪くない」と

強いメッセージを送る。

その言葉がどんなに欲しかったことか。

抱き合って泣く場面では、

デイモンもロビン・ウィリアムズも癒されている。

ゆるゆるのヒーリンクではなく、

きつい場所を乗り越えた後のカタルシスである。

暴行や傷害で警察に引っ張られながら、

肉体労働に従事して

悪い仲間と付き合う日々。

それにも理由がある。

しかし世の中はそうじゃない、そんな理由なんか聞かない。

確かに立派なことじゃない。

結果に責任を持てという言い方も分かる。

その通りなのだ。

だから、世間からの評価なんかいらないと思う。

でも、仕方なく、どうしようもなく、そんな風なのだ。

本人だって仕方ないのだ。

それは無責任で責任逃れで、ということになるのだろうな。

いっそのこと他責的になって徹底的に説明し尽くせばいいものか。

自責的になってしまうから、

そのことで自分の人生を傷つけてしまい、

だんだん出口が見えなくなってしまうのだ。

擁護してはいけないのだろうか。

社会はそれを許さない。

しかしどうだろう、

その人に寄り添って子細に検討すれば、

どうしようもなくそうなるしかなかったのだということが理解される、

それが、寄り添って理解するということだ。

その上で人を裁くなんていうことができるものなのだろうか。

本当はできないのだと思う。

しかしそこで人は社会人になる。

そして裁く。