バラライカ

ドクトル・ジバゴではバラライカが大切な小道具として出てくる。

ロシア料理の店もいくつかある。
新宿にマトリョーシカとかいう店があったような気がする。
良心的な店だった。
お茶の水にバラライカという名前の店があったような気がする。
もうだいぶ前のことだ。

そんなに高級な店でもないので、若い私にも行くことができた。
しかしコースなどは注文する気はなく、その時は、
キエフ・カツを頼んだように思う。つまりチキンカツの薄いやつである。

見るともなく見ていると、
目の前の席で、40才くらいの男性と、20才くらいの女性とが、
コース料理を食べていた。
食卓には皿がたくさんで、豪勢である。
最初は親子なのかなと思ってみていた。
女性はあまり食が進まず、どんどん皿がたまっていくようだった。
途中で男性がキャッシュカードを一枚取り出して、
女性の方に差し出した。
女性は受け取ることに抵抗があるようで、なかなか受け取らなかった。
時間をかけて、結局、受け取った。
ああ、親子じゃなくて、特別な関係なんだなと思った。
目撃してしまったことが申し訳なかった。
女性は明らかに、そのようなことを恥じている風だった。

まあ、特に証拠もないのだが、そんなことを当時思ったのである。
現金で渡さないのは、今後の永続的な関係を意味するのではないかと思った。
ためらいつつ、受け取るというのも、何となく、関係を暗示しているような気がした。

その店では時間になると実際にバラライカの演奏が行われた。
日本人が演奏していた。

別の日、女優の中野良子さんが食事をしていて、
ろうそくの火に美しい顔が照らし出されていた。
特にファンではなかったのだが、女優というものは実に「オーラ」が出ているもので、
そのテーブルを囲む人の誰もが魅了されていることがありありと分かった。
離れてちらちら見ている私たちも魅了された。