スーフィズム イスラムの心 宗教間の対話と理解

スーフィズム イスラムの心 岩波書店

スーフィー教団の指導者が語ったイスラムの信仰と神秘の奥義

 これまでイスラムと言えば,イスラム革命,政教一致のイスラム,イスラム主義,殉教,ジハードといった規範的イスラムの政治性や威力のみが強調的に報道され,そしてそれがイスラムの「単なる宗教ではない」特性であるとして,研究者によっても解説されてきた.したがって,残念ながら,一般の日本人,特に宗教者にとってイスラムは,他者の宗教として敬意を表すべき対象ではあっても,そこから自分の生き方,問題解決の指針を見出しうるような宗教ではなかった.
 そのような中で,本書を通して,自我の否定や神の愛という心の問題の解決を目指し,そのために導師につき,その指導の下に修行を行なうことを旨とするイスラムの神秘道,スーフィズムの存在を認識することは重要である.世の中の平和を力によってではなく,各人が心に平和を築くことを通して実現しようとする試みである.そこには仏教にきわめて近いものがあり,その意味で日本人には身近に親しみを感じさせるイスラムがある.伝統的な規範的イスラムや原理主義とも,また近代主義イスラムとも異なる,別の顔のイスラムがここにある.(……)
 この「普遍性」は……個別の民族・文化・宗教・伝統に限定されない,それらの差異性や多様性を超えて広く人類に共通するもの,という意味である.人間相互および伝統の差異性や多様性を超えた普遍的側面,一体性をみることの重要性を,ベントゥネス師はとりわけ強調する.……この「普遍的存在」こそ,まさに人間の「本源的性質」なのである.……ということは,諸宗教はその本源に目覚めれば,その多様性にもかかわらず共通の地盤に立って理解し合えるということである. (訳者解説)

 シャイフ・ハーレド・ベントゥネス
1949年,アルジェリアに生まれる.この地に本部を置き,フランス,ベルギーをはじめ,ヨーロッパ各地に展開するスーフィズム(イスラム神秘主義)の教団(アラウィー教団)の4代目シャイフ(導師).「イスラムの友」協会(現「ヨーロッパの大地」協会),フランス・ムスリム宗教会議などの設立と運営を通して,宗教多元主義の立場からエキュメニスム(宗教間の対話と理解)を実践し,開かれたイスラムの啓蒙に努める.著書はほかに『コーランの啓示と内的人間』(L’Hommeinterieur a la lumiere du Coran,Albin Michel,1998)などがある.

 スーフィー教団の指導者が,戦争とテロルと環境破壊にあえぐ,全世界に向けて呼びかけます.イスラムの信仰は人をどこに導くものなのか,宗教において寛容とは何か,原理主義はなぜ今もなお落とし穴であり続けているのか,そして真の聖戦とは何か……
 1990年代前半,湾岸戦争の余燼がなおもくすぶる時代に始められたインタヴューが本書の基礎になっています.イスラムの精神性における危機の認識がモチーフになったといわれていますが,導師(シャイフ)はここで驚くほど率直に語っています.イスラムの信仰生活の実像についてはありのままに,そして信仰の核心にひそむ秘儀と奥義に触れては言葉にできるぎりぎりの線を探りながら――その誠実さが,本書を伝道や神学的議論の書ではなく,生きられた霊的体験と社会的実践の書にしています.
 霊性における,異なった宗教と民族の壁や性差をも超える普遍性を,導師は説いてやみません.師と弟子が手を携えてたどる霊的修練の階梯を語るときも,覚醒にいたって現実世界に立ち戻る際の心得を諭すおりにも,原理主義的な考え方への逸脱を戒め,中庸と寛容に強調点が打たれます.異質なものに開かれてあるあり方こそ,イスラムの伝統であり心であるというのが,本書を貫く導師のメッセージです.
 民族と宗教の相違が紛争の火種であり続けている今日,一つの教団が有する〈信〉の経験的な核心を揺るがすことなく,宗教間の対話と理解を主張する導師の思想には,平和と共生への道を探るための重要な指針が含まれています.
【編集部 中川和夫】

第一章 徒弟時代
第二章 スーフィーの伝統
第三章 導師と弟子
第四章 イスラムの五柱
第五章 進歩の三つの段階
第六章 霊的修練
第七章 男性と女性
第八章 神的時間
第九章 真実の瞬間

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中庸と寛容に強調点という。
まことにそうありたいものだ。
宗教間の対話と理解はできると思う。