テロメア

ヒトの細胞を培養しても
無限に増殖することはない。
100回分裂するものはなく、途中で分裂中止してしまう。
老年者から採集した細胞を培養すると
分裂回数が少なくて、途中で停止する。
遺伝的早老症のヒトに由来する細胞は分裂回数が少ない。

こんな風なことがおおよそ分かっていたので、
当然、細胞の中に、分裂回数をカウントするカウンターがあるのだろうという考えと、
分裂するたびに何かの物質が蓄積するのだろうという考えがあった。

老化を防止するためには、
細胞の分裂回数カウンターをゼロに戻してやればいいわけだし、
余計な物質が蓄積するなら、取り除けばいいはずだ。

そのようにしてリサーチが進められ、
本質的にはやはりカウンターがあって、
それをテロメア短縮という。

また一方で、物質の蓄積も実際にあり、それらを分解しようということで研究が進んでいる。
アルツハイマーで蓄積する物質を取り除くために、
ワクチンを使おうという考えがあり、研究されている。

テロメアの構造の謎は、DNAの端っこのメカニズムにあることが分かっている。
哺乳類では、5'-(TTAGGG)n-3'が数千から数万の単位で反復される。
だいたい50kbp程度が多いが、ヒトでは10kbpと短いことが特徴である。

DNAは二本鎖で出来ているはずであるが、3'末端は一本鎖で突起し、
Gテイルと呼ぶ。

こんな変な末端があれば、異常事態なので、
DNA修復酵素によって修復されてしまうはずであるが、
Gテイルはわっかを作り、tループと呼ばれる構造をしている。
ところどころがテロメア結合タンパク質でホッチキスみたいに止められ、
安定なテロメア複合体を形成し、
修復系の働きから免れることが出来ている。

複製が起こると、
鋳型に比べて必ず短くなる(これが末端複製問題)、
したがって、5'末端は100塩基程度ずつ短くなり、
テロメアが5kbpまで短縮すると増殖停止する。

遺伝的早老症患者では、
テロメアが短く、短縮速度が速いと指摘されている。

ヒトの末梢血の白血球やリンパ球では、
年齢と共にテロメアが短縮し、60歳を越えるころから平均テロメア長が5kbp程度にまで
短縮する。
この程度が限界らしい。

動脈硬化部位の血管内皮細胞、
慢性肝炎、
肝硬変など、
長期にわたり細胞損傷と修復が反復される組織では、
過度のテロメア短縮がある。
つまり、細胞分裂カウンターが進んでしまっている。

神経細胞や筋肉細胞は年齢に伴うテロメア短縮はない。
このことは、うまく条件を整えれば、神経組織をそっくりそのまま長い時間、
働かせ続けることができるのではないかと考えさせる。

最初の発想としては、
神経細胞に蓄積された「情報」を、
コンピュータに書き出してしまうというものだが、
実際に考えると、現状では難しい。
それよりも、
神経細胞系をそっくりそのままで、保存できないかということになる。

周辺にあるグリア細胞や血管内皮細胞の老化はある。
しかしそれらは結局新しい細胞で置換して行けばいいので、
記憶や人格は保持できるだろうと思う。

まあ、そんなことをしてもあまり利益はないので、
やっても仕方がないが、発想としてはそうなる。

テロメア短縮が進行すると、細胞機能自体が低下していく。
テロメアを延長させると、細胞機能も元に戻る。
たとえば、KGF,IGF-2。
テロメア短縮が細胞機能にどのように影響しているのか、
分かっていない。
尻尾のカウンター部分がどのようにして他の部位に影響しているのか、
不思議なことだ。

テロメラーゼ遺伝子が分かっていて、
テロメアを延長させることができる。
鋳型RNAからGテイルを作って延長するという
頭のいい技を使う。

ヒトの場合、生殖細胞には強いテロメアーゼ活性があり、
そのせいで、生殖細胞は、
分裂カウンターゼロからはじめられる。

卵巣にある卵子は生まれたときから蓄えられているもので、
分裂には関係がない。
精巣で産生される細胞はカウンターゼロから始められる。

発生が進んでくると、
生殖巣ではテロメラーゼ活性が維持され、
体細胞組織では次第にテロメラーゼ活性が消失する。
したがって、体細胞は有限分裂である。

生理的再生組織の幹細胞は弱いテロメラーゼ活性を持っている。
したがって、部分的にはカウンターを少しもとに戻しているらしい。
しかしやはりテロメア短縮は進行していて、
すべての細胞は有限分裂細胞である。

単細胞生物、
植物、下等生物などでは、分裂寿命を持たない。
テロメラーゼが発現していて、テロメア短縮がないからである。

テロメア短縮以外に、遺伝子損傷は様々に起こり、
いずれも早期老化をひきおこす。

細胞分裂をくり返し、
DNA損傷が起こった場合、
増殖を停止してDNAを修復する。
修復が終わったら増殖を再開する。
損傷が大きくてDNAの修復が不可能な場合は、
アポトーシスを誘導して、排除する。
あるいは、修復不可能であるが、アポトーシスに至らない場合、
永久に増殖を停止して、生存させて、機能維持をはかる場合もある。

テロメア短縮による細胞老化では、G1チェックポイント機構も働いていると考えられる。
p53遺伝子が変異してチェックポイント機構がうまく働かないと
DNAの異変が蓄積しやすくなる。
ガンを多発して短命となる。
p53機能が亢進すると、細胞老化が促進されるため、寿命は短縮されるらしい。

ラミンA遺伝子はハッチソン・ギルフォード・プロジェリア症候群に関係している。
早老症のひとつである。
変異したたんぱく質が異常に蓄積して、テロメアの異常な短縮と共に、
早期老化をもたらすと考えられる。

ヒト細胞の場合、
テロメラーゼ遺伝子の導入によって、
不死化する。
自己のテロメラーゼ遺伝子を活性化させる薬剤が開発されれば、
応用が期待できる。

そんな夢もあるのだが、
テロメアだけ延長しても、
長年の蓄積物質は残っているわけで、
一掃するには、ゼロから始めた方がいい。

夢といっても、ほとんど悪夢に近い感じもする。
改めて、ヒトの寿命はどのくらいがいいのだろうとも思う。
誰にとって何がいいことで悪いことなのか錯綜してくる。