普段使っているハードディスクが何となく一杯になってきた。
そこで偶然つながっていた外付けハードディスクに
ファイルを転送した。
いろいろ送ったあとで外付けハードディスクが動かなくなっていた。
おかしいな……と思って、あらためて、読みとりにいったら、
なんと「××が壊れている」とか表示される。
いろいろな人からさんざん注意されていた、ハードディスクのトラブルがこれなのだろう。
「万一に備えてバックアップを」といわれていて、
忠実にバックアップもとってきた。
最近はそんなことを強く言う人もいなくて、
何となくハードディスクも信頼性の高いものだと感じていた。
そして今回のようなトラブルである。
すこしずつ壊れていく様子が分かるなら、
まだ何とか納得できる。
しかし今回のように、前触れもなく突然ゼロになるのだから、
これは困ったものだ。
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また一方で考える。
人間の命もこのような形で突然終わることもまた多い。
事故など。
病気もある種のものは、認識を形成しないままで死に至る。
こんな場合に、人生の計画は立てられない。
現在の気持ちで言えば、
事故や病気に限らず、
人生のことは果てしなく虚しいのだと感じている。
頼みにしていいものなど、ないのだ。
こんな日々が続くと錯覚しているに過ぎない。
信じるに足るのではない。
信じたいから一応信じてみているだけだ。
すべては取るに足りない。
私の人生など、何であったか。
つまらない写真をパチパチ撮って、
それをも、ハードディスクの事故で失うのだ。
それだけの人生だった。
そんな面がないわけではないのだ。
宇宙も偶然に発生して、
わたしは一瞬生きて、
自意識という不思議な体験をして、
また消滅してゆく。
謎は残るものの、
言ってみればそれだけのことで、
まあ、そういうことだ。
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ハードディスクの他に、リスク管理が必要とされるものが、
資産運用である。
いまの収入や健康が続く保証はないし、
むしろ、世の中では、思いがけないことが起こるものだ。
最悪のことは必ず起こるとも、言われ続けている。
そのくらいは覚悟した方がいい。
そして実際に事件は起こり、
まあ、昔から言われていたのはこれだったのかと、
すこし遠い気持ちで感じてもいたのだ。
ある種の無感覚である。