大江健三郎「話して考える」と「書いて考える」6

○もうひとつ別の豊かさに向けて小説を展開させる。
●「もうひとつ別の豊かさに向けて」が可能であるかどうか。これは超越を説く宗教者の課題でもある。
●この目の前にある現実以外の状況をビジョンすること。
●現実を生きていれば、このただひとつの現実以外に状況を考えること自体、無意味な空想であると考えられるだろう。しかしそうではない。そのようにして可能性の幅を拡大して考えることの中に、人間的な、未来をビジョンする働きが芽生えているのだ。だから、このただ一つの現実の他の可能性を検討することが大切なのだ。


○老女は、その年になると、昔を思い出し、昔の夢をみて、昔の中に生きるようになる。
●そのように生きることさえできるものなのか。生きることの多様さに目を開くことも必要である。
●「昔の夢を見て、昔の中に生きる」、そのようなことまでが可能である、人間の精神というもの。


○小説が子供たちにどう受け止められるかをよく考え、その伝達の仕方に細心の配慮をしていることに感嘆する。
●子供たちの前でまでなお無責任に利己的に振る舞えるものか、そんなことはできないはずだ、という、すこし安易な信頼感があるのではないか。私なら、信じない。悪い人はどこまでも徹底的に悪い。
●そのように、徹底的に悪いことを当然の前提として、なおもよく生きることを構想して行かなければならない。……とはいいながら、当面、私としてはどうでもいいような気もする。もう、疲れたのだ。