小児虐待は後の人生におけるうつ病と炎症につながる
小児期に虐待されることは後の人生におけるうつ病と炎症の同時発生の一因となることが新規研究で示唆
Pauline Anderson
【4月18日】小児期に虐待されることは後の人生におけるうつ病と炎症の同時発生の一因となることが新規研究で示唆されている。
母親の拒否、あるいは身体的虐待、性的虐待などの虐待歴のあるうつ病患者は炎症レベルが高くなる可能性が対照群の2倍であることがこの研究から明らかになっている。一方、虐待歴のないうつ病患者の炎症レベルは対照群と同程度であった。
したがって、小児期の虐待歴に関する情報は炎症レベルが高く心血管疾患リスクの高いうつ病成人を発見する助けになる可能性が考えられる、とキングズ・カレッジ精神医学研究所の社会・遺伝・発達精神医学センター(Social, Genetic, and Developmental Psychiatry Center)(英国、ロンドン)のAndrea Danese, MDを筆頭とする研究者らは結論している。
Danese博士らの研究結果は『Archives of General Psychiatry』4月号に発表されている。
母親の拒否に関する情報
この結果は、ダニディン(ニュージーランド)において1972年4月-1973年3月に生まれた1037名の小児集団を追跡調査したDunedin Multidisciplinary Health and Development Studyによるものである。被験者を3、5、7、9、11、13、15、18、21、および26歳の時点で評価するほか、最終は32歳の時点で評価した。最終評価時点では、2004- 2005年に生存していた1015名のうち972名が被験者集団に含まれていた。
出生後10年間(3-11歳)の虐待を評価するため、研究者らは、さまざまな生育段階における母親の拒否、厳しい躾け、主たる養育者の頻繁な交代、肉体的虐待および性的虐待に関する情報のほか、親の報告、行動観察、成人した被験者からのレトロスペクティブな報告を収集した。被験者の約9%はこれらの形態の虐待のうち2つ以上を経験していた。
研究者らは、臨床的面接を行い、精神疾患の診断・統計マニュアル第IV版(DSM-IV)の基準を用いて成人期(32歳)におけるうつ病を評価した。うつ病患者は心血管疾患を発現するリスクが高く、既に心疾患のある患者では転帰不良がみられる。この標本では、過去1年間のうつ病有病率は16%であった。32歳時点で抑うつ状態にあった被験者は、1(多少の障害)から5(重度障害)のスケールで平均障害の評点を3.57と自己報告している。
C反応性蛋白質による炎症レベルの測定
研究者らは、炎症を測定するため、フィブリノーゲン、白血球数、高感度C反応性蛋白質(hsCRP)の血中濃度を測定した。高感度CRPは心血管疾患のスクリーニング手段としてさまざまな専門家集団から提唱されているマーカーである。標本の約92%から血液検体が得られた(妊娠女性はこの分析から除外した)。
その結果、虐待歴のあるうつ病の被験者(2種類以上の虐待の徴候がある人)におけるhsCRP濃度は対照群より高いことが報告された(相対リスク[RR] 2.07; 95%信頼区間 1.23-3.47)。
研究者らは、虐待歴のあるうつ病の被験者はうつ病のみの被験者と比較して抑うつ症状パターン(抑うつ気分、関心低下、食欲・体重の変化、睡眠の変化など)が異なるかどうかを検討したところ、症状には有意差は認められなかったと述べている。このことは「抑うつ症状パターンのみから虐待歴を推察することは不可能である」ことを示唆している、と研究者らは記している。
現在うつ病と診断されていなくても、虐待歴のみでも臨床的に意味のある炎症レベルにリスクが上昇していると推測される、と研究者らは述べている。
研究者らは、再発性うつ病の既往、小児期または成人期における社会経済的状況の悪さ、健康状態不良、喫煙といった不健康な行動など、炎症の一因となる可能性のある因子について調整した結果、虐待歴のあるうつ病の被験者の炎症リスクが上昇する理由はこれらの因子のいずれでも説明されないことを認めている。
うつ病患者では炎症が心理的症状と身体的症状とのつながりに関与しているのではないかと長年にわたり疑われていた。この研究は、そのつながりと炎症の起源を解明する方向にさらに一歩踏み出している、と研究者らは記している。
「この結果から、虐待歴は成人におけるうつ病と炎症の同時発生の解釈に重要な役割を果たしていることが示唆される」と研究者らは記している。「小児虐待の経験に関する情報は炎症レベルの高いうつ病患者、つまり心血管疾患のリスクの高いうつ病患者を発見する助けになる可能性がある」
うつ病患者において虐待歴をルーチンに評価すれば、臨床医は、炎症リスクが高く健康不良な人を発見するのに必要な情報が得られる可能性がある、と研究者らは付け加える。「一方、虐待歴に伴う健康上のリスクが早期に発見できれば、合併疾患へのうつ病の悪影響を減少させるなど早急な対処につなげられるだろう」
小児期の虐待が炎症につながる可能性があるのはなぜだろうか?虐待歴のあるうつ病患者はストレス応答の停止に関与する脳の領域である海馬の容量が縮小しているためではないかと同研究者らは推測している。あるいは、グルココルチコイドに関連している可能性も考えられる。虐待歴のある成人ではこれらのホルモンの機能が低下しているが、これらのホルモンは抗炎症反応に関与しているため、ホルモンの機能低下は炎症レベルの上昇につながる可能性がある。
うつ病患者では小児虐待によって炎症レベル上昇が予測できるとみられるものの、炎症レベルが上昇している全てのうつ病患者に虐待歴があるわけではないと研究者らは指摘している。関与している他の因子を明らかにするため、今後の研究が必要である、と研究者らは述べている。
同研究者らは関連する金銭的関係がないことを開示している。
出典 Arch Gen Psychiatry. 2008;65:409-416.