【深尾憲二朗(ふかお・けんじろう)@国立療養所 静岡東病院 てんかんセンター】
研究:精神病理学、てんかん学
著書:『講座 生命’97』所収「死のまなざしとしてのデジャビュ」、哲学書房
『講座 生命’98』所収「他者を真似る自己」、哲学書房
○てんかんの研究者、深尾憲二朗氏にお伺いします。
深尾氏は脳磁図(MEG)を使い、てんかん発作のメカニズムに関する研究を進めておられる一方、情動、精神などについても深い関心を持って考察をすすめておられます。
9回連続。(編集部)
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○最近は、精神とか心とかの話が流行りですから、今日のお話はいろんな方の興味を引くんじゃないかと思ってます。
■そうですか? そうかなあ。ぼくの興味がそんなに一般性があるかどうかは疑わしいと思いますけど。
○いやいや、よろしくどうぞ。
[01: てんかんとは]
○てんかんとはどういう病気なんですか。結局、教科書的なこと以外はよく分からないんで、先生からお伺いしたいんですが。
■はい。
まず、てんかんは大脳皮質の病気だということは分かっているんですよ。マイナーな意見としては皮質以外の部分、たとえば基底核からもてんかんは起こるんだという意見はあるんだけれども、まあ定説では皮質です。それで現在てんかんとは「大脳皮質の神経細胞の過剰な発射によって発作を繰り返す慢性脳疾患」である、と定義されています。
○発射、ですか。
■「発射」というのはdischargeの訳で、これは「放電」と訳されることも多いんですけど、放電というのはおかしくてね。まるで脳を蓄電池みたいに捉えているように聞こえるでしょう。
dischargeというのは語源的には荷物(charge)を下ろすことで、医学用語としては、もともとは鼻水が出るとか、とにかく溜まっているものが出ることを全部dischargeと言ったんですよ。そこから神経学の中ではdischargeという言葉は、神経の中を何か流体が伝わっていって、感覚を伝えたり筋肉を動かしたりするということを表現するようになったんです。19世紀半ばまで神経学はデカルトの自動人形みたいな力学モデルでしたからね。
そういうわけでもともとは放電の意味ではなかったんだけど、脳波が出てきてから、この発射に当たる現象が脳波上の激しい電位変動として捉えられるようになったので、いつの間にか放電のイメージにすり替わってしまったんです。
○なるほど。
■とにかく、てんかんというのは大脳皮質の神経細胞の発射が過剰になっていて、それで臨床的な発作が起こるということです。発作の症状としては全身または体の一部の痙攣のほかにも、感覚性のものや精神性のものがあり、実にさまざまな発作症状があります。それでそういう発作を一回だけでなく何回も繰り返す慢性の疾患のことを、「てんかん」と呼んでいるわけですね。
○なるほど。それで?
■ぼく自身はこれまで、脳磁図(MEG)を使っててんかん性発射を捕まえて、その発生源を推定することで、いろいろな原因でいろいろな皮質の部位から起こってくるてんかん発作のメカニズムを明らかにしようという研究に携わってきたんです。
脳磁図は脳から出る磁気を測るテクノロジーですが、脳から出る磁気というのは脳の中を流れる電流に伴って発生するものですから、てんかん患者の脳の中を流れる異常に強い電流を、頭の周囲の磁場の変動として捉えることができるわけです。脳磁図を使った研究は広い意味での脳波学、いわゆる臨床神経生理学的方法に入ります。
○ええ。
■でも本当は僕自身はてんかんの精神医学的側面の方に興味を持っているんですね。それはなぜかといえば、いわゆる心身問題に直接関わっていると思うからです。僕は心身問題に強い興味があるんです。
○心身問題とてんかん、ですか。確かにそれは面白そうです。
[02: てんかんと精神病 ~内因性、外因性、心因性]
■昔はてんかんは精神病の一種だと考えられていたんです。二、三十年前までは、本当のてんかんというのは遺伝して、脳の中に器質的な異常がないものだと言われていたわけですよね。確かに一部、交通事故で頭にケガをした人がてんかんを起こすようになることがあることは知られていたけれど、そういうものは続発性、あるいは二次性と呼ばれて、本当のてんかんではないとされていたんですね。
○ええ。
■そして脳波が出てきてからは、本当の、つまり遺伝する素因性の──現在では「特発性」と呼びますが──てんかんを脳波から見分けようということが始まったんですよ。
てんかん学の歴史上、非常に重要であったペンフィールドの「中心脳仮説」というのがありますが、これは、いろんな意味で微妙なものなんです。
○と、仰いますと?
■というのは、ペンフィールドは脳神経外科の立場から、てんかんも手術したら治るんじゃないかということをやっていた人なんですね。そのペンフィールドが、たしかに大脳皮質の局所にある病変を外科手術で取ったら治るてんかんもあるけれども、そうではなくて、脳幹のある部分、彼の言う「中心脳」から全体に投射してくるてんかんもあると書いているわけですよ。それをペンフィールドは「中心脳性発作」と呼んだんです。それがちょうど、遺伝する体質性、特発性のてんかんにあたるわけですよ。
○なるほど、で、実際は?
■そういう人の脳は、MRIなんかで見ても何も異常は見つからないんですが、脳波は異常で、実際に発作を起こす。だから敢えててんかんを精神病だというんなら、それだけが残ってくるんですけどね。でもそういうタイプのてんかん患者には、むしろ精神病は少ないんです。本当に臨床的に問題のある精神病を抱えている人は側頭葉てんかんに多いんです。つまり、目に見えて脳が傷んでいる人に多いんです。
○器質的な原因がはっきりしている人ということですね。
■うん。だから僕はこっちに来てから患者さんを診ているとね、側頭葉てんかんの患者さんで、側頭葉の発作もあるんだけど、精神病の症状もあるという人が、けっこういるんですよね。しかも病気の重い人に多いんですよね。つまり発作が治らない、薬を飲んでいても発作が止まらない人に、精神病の症状を持っている人が多いんですよ。それで大学時代の師匠である木村敏先生に、「そういう患者さんは精神病と区別がつかないですよ」と言ったら、ひどく嫌がられたんですね。
○それはなぜですか?
■なんでかというと、精神病というのは、古いタイプの精神科医の人たちにとっては脳の病気じゃないんです。あるいはそこまでは言わないにしても、脳に何かがあったとしても、脳の障害や変化は二次的なものであって、本質的には精神そのものの問題だと言いたいわけです。
○「心因性」、というやつですか?
■ううん、あのね、それともちょっと違うんです。それとは別に、「内因性」という言葉があるんですよ。
○ああ、最近だとコンピュータ・アナロジーで言われているやつでしょうか? システムとしての心、それが崩壊すると。
■ああ、そうだと思います。でも僕は、機械でやっている人たちは、「心因性」と「内因性」の本当の違いが分からないんじゃないかと思うんですよ。第一、僕ら自身にも本当はよく分からないんだから。
○…?
■精神疾患は原因によって分けると内因性、外因性、心因性の3つがあります、とだいたい教科書には書いてありますよね。「内因性」の精神疾患が躁鬱病と精神分裂病で、実は昔はこの中に、てんかんも入っていて<3大精神病>と言われていたんです。
「外因性」は、薬物中毒とか、梅毒のような脳を侵す病気のためにおかしくなるとか、頭部外傷を負った後におかしくなるとかいったものです。「心因性」というのは社会的ストレスによるいろんな神経症とか最近話題のPTSDとかのことですよ。
○なるほど。
■だけど「システムとしての心」というのは内因性と心因性のどっちのことを言っているんだろうか。僕はやっぱり、専門外の人たちは内因性というコンセプトがピンとこなくて、混乱しているんじゃないかと思うんですけどね。
○ちょっと話はずれちゃいますが。この辺りのことを本で読んでいて、僕が一番よく分からなかったのは、器質的な精神病と、そうじゃない精神病があります、とよく書いてありますよね。その意味が僕はよく分からないんですよ。器質的じゃない精神病っていうのがあるのか、ということが僕には分からない。つまり物理的な実体がないものがあるはずないんだから、器質的なところに基盤がない精神病なんか、ないんじゃないかと思ったんですけど。
■うん、それはね、あなたが唯物論者だからですよ。
○いやまあ、そうなんですけど(笑)。
■精神医学っていうのは今でも唯物論になってないんですよ、この3元説があるということは。また別の見方をすれば、僕は器質性という言葉の意味がよくわからないんですよ。器質というのはorganの訳でしょ。この場合のorganっていうのはたぶん脳のことを指す。そうすると器質性って何を指しているんだろう。
というのはね、よくてんかんを診ている医者でも、「器質的な異常はない」とか言うんですよ、写真を見てね。そういうのはね、時代によって変わるんですよね。一昔前にはCTで分からなかったことが今はMRIで捉えられたりするでしょ。MRIもどんどん新しく強力なものが作られて、その度に新たに見えてくるものもあるし。単に目で見えるか見えないかで言っているだけなんですよね。
○今はレセプターがどうこう、ということで器質性と言っているんじゃないんですか。
■いや、そういう分子レベルの話になったら器質性かそうでないかの区別というのは全然意味がないと思う。実際、今のところ臨床ではレセプター・イメージングなんか使っていないしね。
ただ、最近の研究者の間では、内因性というのは何のことかというと、遺伝するもののことを指すと考えているんですね。一方、心因性というのは獲得されたシステムの異常で、内因性は遺伝だと。
○ええ、どうしてもコンピュータ・アナロジーで捉えちゃうんですけども、内因性というのは初期不良、例えばチップにホールがあったとか、そういう欠陥の類で、逆に心因性というのは、ソフトが走っている状態で起こるシステムエラーみたいなものじゃないんですか。まあ、こういう「たとえ話」には違うともそうだとも言えないとは思いますが。
■生物学的精神医学者の人たちはそういう見方でしょうね。ただ分裂病と躁鬱病は一緒にならないんですね。分裂病というのは細かい回路の異常じゃないか、と考えている人が多いんですね。顕微鏡で見ても分からないくらいの。
○「回路」というのは実体としての回路ですか?
■ええ。生物学の人たちは、なんとかそれが見えないか、と思っていろいろやっているわけですね。そして、内因性というのは遺伝素因のことを指すと考えているわけですね。例えばてんかんにも何らかの形で遺伝素因があることはみんな認めている。
○先生はまた別の立場なんですか?
■ううん…。僕はこの3元説ってあまり意味がないように思うんですよね。
例えばね。心因によって分裂病になるか、といった議論を精神医学ではするわけですよ。で、ならんと。というのは、いろいろ臨床的な経験の蓄積があるからね。実際、何も原因がないのに、ある人が成長過程のある段階でものすごくおかしくなることがあるんですよね。その人を病院にへ連れてきた家族は「きっかけとなったのはこういうことで…」とか言うんだけど、そういうのはみんな大したことないことだったりするんですよ。なのにおかしくなるんだから、もともと素因があったんだと。それを内因性と言っているんですけどね。で、その素因というのは遺伝するらしいということなんですね。
でも最近の研究だと分裂病というのはどうも一つの病気じゃない、と言われているんですね。だから非常に遺伝の研究は難しい。
○ええ。
■躁鬱病のほうがまだ可能性がありますね。鬱だけというのは分からないんだけど、躁と鬱の両方があるのはかなり遺伝するらしいということが分かってますね。そうすると逆に遺伝子と突き合わせやすいのはやはり内因性だということになるでしょ。
○なるほど。
■じゃあてんかんはどうなのかというと。てんかんはいま20~30の症候群に分けられているんですが、中には遺伝性が強い症候群もあります。そういうのは遺伝研究もされていて、鍵となる遺伝子が何番染色体のこの辺にありますとかいう人もいるんだけど、なかなか再現性がなくて困っている、といった状況です。
○再現性がないんですか?
■うーん、まだちょっと論争中といったところですね。
結局、遺伝する実体は症候群といった単位じゃないかもしれないわけです。国際抗てんかん連盟によって81年に発作の分類がされて、89年に症候群分類というのがされたんですよ。だからまだ分類されて10年も経ってないんです。みんな今の分類で十分だと思っているわけじゃないし。まだまだ新しい症候群が見つけられたりしていますからね。
症候群というのは外に現れている表現型ですよね。それによって遺伝子の異常と1:1で対応づけられると考えるのが、もともと理想主義というかね。みんなそうだったらいいなと思っているんですけどね。