飾ることについて考えてみると
飾るためには実体を隠す必要がある
という場合もある
何も飾らない状態が実はそのものを誇示することでもある
という事情がある
不思議なようなことだ
たとえば身体を誇示しようとして飾れば
身体は隠れてしまう
ジーンズなどは頭がよくて
隠していて実は露出している例である
飾っていて、
しかしその飾りは、
時間の後には、捨て去り、実体を見せるという例もある
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ものでなくても、たとえば能力なども、飾ると実体は見えなくなり、
飾らないでいれば分かる人にはよく分かる
実体を隠したいから飾るのでもある
匂いなどはその例で
最近は香十の和風を使うことが多い
お寺さんの帰りかと思われることもある
実際座禅をしたりしているから
お香の匂いもするのかもしれない
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飾りそのものを見せたいこともあり
その場合は実体は最初から問題にならない
髪飾りなどはそれだけで楽しい
櫛も
飾りをさらに良く見せたくて
飾りをさらに飾ることもあり
そのあたりの過剰さがとても人間的だと思う
実用的な目的は忘れられている
しかしただ意匠としてだけ楽しい
和服はそのようなものだと思う
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実体の周囲を飾り、
飾りで興味をひきつけ、
本当に興味を引きたいものをその隣に配置することはよくある
大人の世界は大体これだ
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動物の世界では飾ることは性的成熟の信号として重要である
無論、性的能力がない子供は、飾る必要がない
人間だけは子供の頃から飾るのでやはり本能が壊れている
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飾る必要があるということは
そのものはあまり魅力的ではないということだ
しかしまた人間の世界では相対的な魅力の世界というものがある
あの人が飾るならこちらも飾らないでは見劣りがすると思ってしまう
そこで過剰が発生する
まつげがあまりに長いのは女性としては不都合だけれど
仕方がない
負けられないのである
3年位前の自分の写真を見て
まつげがおかしいと思うから
やはりおかしいはずだ
いまはもっと長くしていて
はずかしいくらいだ
でもママをみているとそれでいいのだと安心できる
だてにママじゃないのだ
まだママほどじゃないと思って安心できる