趙 章恩(チョウ・チャンウン)さんのレポートが分かりやすい
こうした事態を、加害側の家族はどう見ているのだろうかと気になる。
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韓国有名女優の自殺ショック・なぜ悪質書き込みは止まないのか
こんなことが起きるとは、夢にも思わなかった。20年間もトップスターだった韓国の人気女優、崔真実(チェ・ジンシル)さんの今月2日の自殺を受け、韓国ではブログやネット上のコメント欄に悲しみのメッセージがあふれた。ネットでの悪質な書き込みに悩んでいたことが一因とされるだけに、ネット規制強化の動きが加速している。(IT先進国・韓国の素顔)
■後を絶たない芸能人の自殺
韓国ではネット上の悪質でしつこいコメント(「悪プル」という)に悩まされ、自殺する芸能人が後を絶たない。つい9月にも、おおらかなキャラクターで人気だったアン・ジェファンさんが自殺した。借金が原因とされているが、お笑いタレントである妻のラジオでの発言がネット上で批判の渦に巻き込まれ、ジェファンさんの経営する会社の不買運動にまで発展し、経済的に行き詰ったあげくの自殺だったという。
そして、「実はジェファンさんにお金を貸したのが今回自殺した女優のジンシルさんで、借金を巡るトラブルがあった」といううわさがネット上で流れたのだ。このデマはネットのあちこちに転載され、さらにとんでもない方向へ膨れ上がった。根も葉もないことが「友達の友達が聞いた話」と脚色され、マスコミも「ネットでこんな噂が広がっている」とこぞって報道した。
ジンシルさんはデマを流した人を捕まえてほしいと警察に捜査を依頼し、証券会社の女性社員が捕まった。しかし、うわさがデマだったことが証明された後もネットの書き込みは収まらず、ジェファンさん、そして数日後にジンシルさんが相次いで亡くなった。ジンシルさんは「この世はみんなひどい」などと書いたメモを残していた。彼女の自殺を伝えるすべての記事はコメントを書き込めないように設定されたが、もう取り返しはつかない。
■「サイバー侮辱罪」検討へ
この事件のあと、与党ハンナラ党は早速、ネット規制強化のための法案を持ち出した。ハンナラ党はこの法案に「チェ・ジンシル法」という名前をつけようとして遺族の反対で見送ったが、ネットへの書き込みに対する規制強化は以前から検討が進められており、今回の一件で議論が加速すると見られている。
この法案には、サイバー暴力に対処するための実名制度のさらなる強化や、誰が見ても悪質な誹謗中傷とわかる書き込みについては非親告罪を適用し、告発がなくても警察または検察が捜査できるようにする「サイバー侮辱罪」などが盛り込まれている。
現在も「情報通信網利用促進及び情報保護に関する法律」によるサイバー名誉毀損罪と、「刑法」の侮辱罪を適用して、悪質な書き込みを処罰することはできるが、同様の事件の抑止効果は十分でなかった。というのも、他人から見れば些細なことでも侮辱と感じる人もいるわけで、処罰の基準が曖昧にならざるを得なかったからだ。量刑は7年以下の懲役となっているが、実際には5~10万円ほどの罰金で終わることがほとんどだ。
サイバー侮辱罪は、悪質な書き込みを非親告罪にすることで規制を強化するという。しかし、どこまでが表現の自由で、どこからが侮辱に当てはまるのか、それを誰がどのような基準で判断するのかという課題は残されている。この課題を乗り越えない限り「政府の気に入らないことを書くと侮辱罪で捕まるといった事態を招くのではないか」という反論は続くだろう。
それでも、与党の意志は固い。被害者が捜査を依頼しないからといって書き込みが削除されないまま残れば、それがいつの間にか世論のように受け止められ、被害が大きくなる。徹底的に取り締まり、もっと厳しい処罰をするべきだと主張している。
■ポータルへの書き込みの影響力
サイト運営者の責任を拡大しようとする動きもある。書き込める場所を営利目的で提供しているからには、掲示板やコメントをしっかり管理する義務もあるとの立場で、プロバイダー免責を最小限に抑えようとしたり、ポータルサイトに言論機関としての責任を負わせたりする方向へ議論が進められている。
韓国の悪質な書き込みは匿名サイトや特別なサイトに集まるのではなく、ポータルサイトと、プロフィルページの「HOMPY(ホンピー)」に集中している。老若男女誰もが訪問し1日3000万ページビューを超えるポータルサイト「NAVER」などのニュース記事のすぐ下にコメントが書き込まれるため、ポータル側が積極的に対処しない限り、全国民に「生中継」されることになる。
ジンシルさんは、自分に対する心ないコメントが子供たちの目に入るのではないかということを、何よりも心配していたという。自分のインタビュー記事の下にずらっと1000件以上もコメントが並び、記事とともに悪質なコメントもネット上に広がっていく。ネットの書き込みも問題だが、それを勝手に転載して批判を再生産するマスコミも反省すべきではないかという声が上がっている。
韓国インターネット振興院の「2008年インターネット利用実態調査」によると、韓国では人口の77.1%、10~30代では98~99.9%がインターネットを利用し、そのうち72.8%がインターネットで新聞を読んでいる。インターネットで新聞を読むということは、記事の下にあるコメントも目にするということである。人口4800万人のうち、約2700万人が悪質コメントに触れることになる。攻撃される立場からすれば「全国民が私を攻撃している」と受け止めてしまうのも無理はない。
ポータルサイトDAUMでは、1日に何十件も書き込みを続け、自分の意見が世論であるかのように見せようとするユーザーが多い。10%のユーザーが全コメントの80%を書き込んでいたというリサーチ会社のリポートを踏まえ、1人1日20件までしか書き込めないようルールを変えた。
■実名制でも悪質コメントが減らない理由
韓国では実名を確認しないと何も書き込めない仕組みになってからも、サイバー名誉毀損の届け出件数は減るどころか増えるばかり。2005年に3662件、2006年に4005件、2007年に4856件と着実に伸びている。実名制度だけではネット上の悪質な書き込みによる攻撃を防げないというのが、韓国を
見ればよく分かる。
なぜ、悪質な書き込みはここまで続くのだろうか。「実名制度とはいえIDを使って書き込めるので、ユーザー同士では匿名と変わらないのだろう」という分析もあれば、「韓国人は自己主張が強いため、相手を傷つけても言いたいことをはっきり言う態度は変わらない」という見方もある。いずれにしても、強烈な処罰規定がない限り効果がないというのが現状なのかもしれない。
リアルメーターという調査会社が全国700人を対象に電話調査を行った結果では、サイバー侮辱罪の導入は55%が、インターネット実名制度の強化は63.1%が賛成している。反対する側の意見は予想通り、「表現の自由がなくなる」というものだ。「ネット上での攻撃で自殺が続いたのはとても悲しいことだが、それを理由に政府がネットを封じ込めようとしている」と反発している。
反対意見が根強いのは、サイバー侮辱罪導入のタイミングが微妙だからという理由もある。以前も書いたように、4月から7月まで全国で続いた反政府デモがきっかけとなり、オンラインコミュニティーや掲示板の書き込みに悩む政府がネットの規制強化を打ち出していたところだったからだ。「自殺を前面に出して、ここぞとばかり規制強化法案を通そうとしているのではないか」という反論が登場してもおかしくはないタイミングだったのだ。
■自浄作用は働くのか
注目すべきことは、ジンシルさんの自殺をきっかけに、ネットに悪質なコメントを書き込んで自分のストレスを発散したり、鬱憤を晴らしたりしていた人たちが、ポータルサイトや彼女のHOMPYに「本当に申し訳なかった」と反省の言葉を残していることだ。また、ネットの書き込みのスタイルにも変化が見られるようになった。とにかく相手を褒めながらチクリと批判するという、相手の意見に配慮した書きぶりである。自浄作用が働きだしたといえるかもしれない。
サイバー侮辱罪の議論は今後も続く。1日訪問者数30万人以上のポータルサイトだけに適用されていた実名制度を10万人以上のサイトにも拡大する、IDではなく実名を表示させる、といった情報通信法改正案は11月にも国会を通過し、導入される見込みである。
ジンシルさんの自殺は泥沼状態の韓国ネット社会を象徴する事件となった。そんな存在にならなくてもよかったのに。母親として娘として女優として、もっと長く私達のそばにいてくれてもよかったのに。ご冥福をお祈りします。