ここはある精神病院。
正月り4日は仕事始めだけれど、
お医者さんはみんな休みたいようで、
わたしが日当直をしている。
病院食もお正月メニューだし、
レクリエーションの時間も、
お正月らしく演出。
看護職の人たちはせっかくお正月用にセットした髪を
大事にしたいということもあってか、
帽子を着用しない人が多い。
メイクもそんな風で、顔だけ正月なのがおかしい。
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ある患者さんの話。
その人はネットである人に誹謗中傷された。
大体見当はついたけれど、頭にきたので兄に話した。
兄は金があるので働きたがらない暇な弁護士。
最初は、警告して今後しないという誓約を取ればいいと思っていたけれど、
兄はプロバイダーに抗議し、相手を調べてくれて、
相手の住所や住民票や登記簿などを手に入れ、
サイトなんかを確認し、こんな提案をして来た。
「ただ謝罪させて、100万円かそこらの請求じゃつまんないよ。
いま手元にある材料だと20万も取れないな。時間かけるだけ無駄だよ。
でもさ、向こうの人、貧乏で、ぎりぎりみたいじゃない。
ローンもだいぶあるよ。お前は金あるんだから、方法はあるんだよ。
いまの材料でいいから、慰謝料を5億円くらい吹っかけるんだ。
するとね、相手はびっくりして、弁護士のところに行くだろう。
いい弁護士なら、裁判所に行く前に、俺かお前のところに来て、交渉するだろうね。
それでぎりぎりつり上げて20万円で決まりだ。
でもね、悪い弁護士だったら、そのまま裁判に突入だ。
着手金をがっぽり取るんだ。
俺らがいじめなくても、弁護士がいじめてくれるんだよ。
着手金もローンにして、月々支払わせる。
こっちは、材料を小出しにして、期日を延期して、ずるずると何年も延ばしてやる。
すると、泥沼なんだ。
向こうの弁護士は、くだらない書類を毎月作って、その書類代を請求する。
奴はもうその弁護士に頼むのはやめたくなるけど、
そこまで支払った金と時間が無駄になるかと思うと怖くてできない。
また最初から金がかかるわけだから。
弁護士はずるすると限界まで請求するよ。
また新しい証拠が出て、それについて対応するから、お金、というわけだ。
それはこっちも承知だから、阿吽の呼吸なわけさ。
もちろん、お前だって、この楽しいショーを楽しむために、俺に支払うんだ。
お前にすればたいした金じゃない。
でも奴にすれば、破産寸前の金だ。
裁判が結審して、報酬金の段階まで行けば、
5億円は過大すぎる請求だったから、
清算するということになるけど、そこでこちらから、
高裁に訴える。
どうせネット上のことなんだから、
いくらでもネタは見つかるし、
またしばらくかかる。
そこが腕なんだよ。
早く決めるのも、延ばすのも。
奴のことだから、裁判中にまたお前を誹謗するかもしれない。
そしたら、また別の裁判を起こして、5億円だ。
奴の奥さんとも接触してみるよ。
何か情報をくれるだろう。
裁判なんてみんな怖いから、いろいろ喋るものなんだ。
そんなものを材料に使って、三つ目の5億円だ。
これで離婚するだろうな。
時間は10年、金はいくらかかるかな、
多分、離婚して、マンションを手放して、自己破産して、
それでも、月々の弁護士費用は逃げられないよ。
新しく発生する費用にすればいいんだ。
任せろよ、お前は何にもしなくていいんだからさ。
奴が、俺のことを、懲戒処分してくれと弁護士会にいうかもな。
何しろ兄弟だし。
誰か知り合いの弁護士を立てたほうが安全だけどな。
それはうまくやるし、土台、半分はハワイに住んでるんだから、
除名だろうが業務停止だろうが、
どっちでもいいけどね。
ハワイでまた弁護士やるよ。
だってお前は精神病院に入院中だ、そんな人間の人権を守るといえば、
大体は通るよ。マスコミを先に抑えればいいんだ。
向こうの弁護士が変な正義派でなかったらオーライだ。
人権派には勝てないだろう」
というわけで、この人はいま大事な体なんだという。
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脚色したが、こんな話。
看護師さんに尋ねると、最近はそんな話をよくしているという。
妄想だよねというと、
そうでしょうね、だってもう入院して10年だもの。
薬は?
ぜんぜん、新しい薬は体が楽でいいって。
ぐっすり眠れるっていうのよ。
お兄さんが弁護士っていうのは本当で、
面会にはお母さんしかこないけど、
たまに雑誌に何か法律相談を書いたとか言ってる。
ハワイに住んでいるらしい。
実際そうなったら、その相手の人は弁護士を頼まないで、
こまめに自分で裁判所で対応したら、いいのではないだろうか。
すると仕事に支障が出てしまうかな。
原理的には可能なものだろうか。
こんなことをしていたら、裁判制度を使ったリンチということになる。