肉体のピークと知恵のピークがずれるので、
人間はなかなかつらいことがある。
分かりやすいのはスポーツマンで、
たとえば、昔のプロ野球で、
江川の肩に山田の頭脳がついていたら、
誰にも打たれないと野村が言っていた。
いまの時代で言えば、
ダルビッシュの肩に桑田の頭脳がついていたら、
誰にも打たれないだろう。
頭脳労働の領域でも同じで、
頭脳能力をコンピュータにたとえるとして、
どんな領域の問題をどのように解いたらよいのか、
その判断は、頭がいい悪いとは別の、高度な判断である。
野球で言う、肩と頭脳の関係に似ている。
単に興味があるとか、
人類にとって大きな問題だとかではだめで、
もう少しで解けそうで、しかも大きな成果になると期待される問題、
それに取り組む嗅覚が必要で、
そこの根本で間違ってしまうと、
好事家になってしまう。
それはそれでよいが、
世間で報われるのと報われないのとでは少し差がある。
変に報われない方がしあわせな人生かもしれないと思うが、
ひねくれているかもしれない。
分かりやすいのは性的能力と性的知識のことかもしれない。
身体的ピークの頃にはよく知らない。
ある程度知ったときには、身体的ピークは過ぎている。
そのようなずれがある。
いずれも、知恵が遅い。
ハードが早くて、ソフトが遅い。
そんなもののようだ。
だからこそ、指導者は大切なのだ。
どの領域でも。
よい指導者にめぐり会えば、人生が変わる。
出会いである。
巨人V9時代の中では、
土井が変わっている。オリックス監督時代に、イチローの価値を認めなかったので、
そのことで今では語りぐさになっている。
柴田は賭け麻雀の関係か、声がかからない。
東尾はうまくやっているのに。