こんな話 ネットの世界は変化が早い
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岸博幸の「メディア業界」改造計画
岸博幸の「メディア業界」改造計画
ソーシャルメディアと社会貢献・Web2.0は儲からなくてもいい
米国でのネットを巡る論調が「ネットは儲からない」という方向にだんだんと変わってきた。Web2.0バブルが終わり、関係者が冷静になってきた証であろう。同時に、Web2.0の産物であるソーシャルメディアを巡り、手段として活用する面白い議論が出始めた。その典型的な例として、社会貢献への活用を紹介したい。
■Web2.0バブルの終焉
米国では一昨年以降、Web2.0が喧伝されるなか、広告収入を当て込んだデジタルメディアの起業が相次ぎ、ベンチャーキャピタルも積極的に企業に投資してきた。しかし先月くらいから、広告収入を目論んだビジネスモデルでは儲からない、それに投資したベンチャーキャピタルも低いリターンしか得られていない、といった論調が増え出した。
これにはいくつかの要因がある。まず、今年の米国のアップフロント(毎年5月第3週に開催される、秋から翌年春までの新シーズンのテレビの番組編成での広告枠のまとめ売り)でのネットワーク局の売り上げが、米国経済の悪化と広告費のシフトという2つの大きなマイナス要因にも関わらず、前年と同じ水準を維持し、広告費獲得競争におけるマスメディアの強さが改めて明確になった。加えて、デジタルメディアのスタートアップ企業の業績の悪さも徐々に明らかになり、日本でも報道されたように、今年の4―6月のベンチャー企業のIPO(新規株式公開)は30年ぶりにゼロとなった。
論調の変化は、こうした動きのなかで関係者が冷静に現実を見るようになったことを表している。マスメディアの広告効果が急激に落ちているとはいえ、テレビや新聞は最も広告費を集めるメディアであり続けるだろう。また、マスメディアから離れた広告費には、アウト・オブ・ホーム、ダイレクト・マーケティング、イベント広告など、ネット以外にも様々な選択肢がある。さらに、ネットの世界は既に様々なサービスにおいて寡占状況が生まれており、新規参入して大規模なアクセス数と広告収入を獲得するのは容易ではない。
■広がるソーシャルメディアの応用分野
それでもWeb2.0はネットの可能性を大きく広げ、ソーシャルメディアという成果を残した。しょせんメディアは手段であり目的ではない。手段として考えると、ソーシャルメディアは人のコミュニケーションやつながりのあり方を根本的に変えたと評価できるのであり、それを何らかの目的のために有効に活用することこそが、本来最も必要なことではないだろうか。ソーシャルメディア自身を目的化し、それですぐにIPOを目指すとなってしまうと、そこらのつまらないSNSのように一時の流行りで終わってしまう。
実際、米国でも「ソーシャルメディアのポテンシャルを○○のためにもっと活用すべき」といった論調が増えてきたような気がする。活用する対象としては、ビジネスやトレーニングなど、いろんなものが登場してきている。
■ソーシャルメディアが変える社会貢献
Kivaは途上国の事業家に資金を提供するプロセスを可視化する |
そのなかでも面白いのは「ソーシャルメディアの最大の可能性は社会貢献に役立つことである」という主張である。ソーシャルメディアはトレンドの普及のみならず、人々がそれを活発にサポートする速度も早めており、その結果、ソーシャルメディアに敏感な若者は社会的な問題に関心を持つこともクールと考えはじめているらしい。
実際、社会貢献のためのソーシャルメディア(英語ではsocially conscious social media)が増えている。例えば、次のようなサイトを見てほしい。
Kiva (http://www.kiva.org/)
DonorsChoose.org (http://www.donorschoose.org/homepage/main.html)
Charity: Water (http://www.charitywater.org/)
かつては、こういう団体が広く活動を知ってもらうためにはマスメディアに頼るしかなかったが、ソーシャルメディアを手段として活用することにより、例えば貧困に喘ぐ人の話を世に広めるだけでなく、それに共感する人のコミュニティーを組織したり、援助対象と会員を直接結びつけたりすることもできるようになったのである。
個人的に特に気に入っているのは、次の2つのソーシャルメディアである。
Make The Difference Network (http://www.mtdn.com/)
Participant Media (http://www.participantmedia.com/)
NPOと寄付者をつなぐSNS「Make The Difference Network」 |
前者の「Connect, Collaborate, Donate」、後者の「Inspire, Connect, Act」という標語は基本的に同じ方向性を示していると思っている。まずは社会的な問題を提示して問題意識を持つ人を増やし、そうした人たちがつながるようにして、行動が起きるようにする、という連鎖を示しているのである。
■儲からなくてもよい
これらの社会貢献のソーシャルメディアを見てつくづく思ったのだが、Web2.0バブルが終わろうが、ネットがなかなか儲からなかろうが、そんなことはどうでもいいではないか。繰り返しになるが、ネットもメディアも手段に過ぎないのである。Web2.0を必要以上に喧伝する人や、ネットで一儲けしようとしている人は、手段を目的化して失敗しているに過ぎ
ない。
大事なことは、ソーシャルメディアという貴重な手段が利用可能になったということである。社会貢献以外にも様々な分野で、この手段は大きな働きをするであろう。だからこそ、米国ではそうした形での活用が増えている。日本でも、金儲けしたい人以外の人が一人でも多く、この手段を有効に活用するようになることを期待したい。