二宮尊徳との出あい
臺弘
「算術で示せばどんな悟道者も論者も一言もない」と言ったのは誰か,ご存知
でしょうか。
言葉の主は二宮尊徳(1787 ~ 1856 年)で,福住正兄著「二宮翁夜話続編」
(1887 年)(『日本の名著26』,中央公論新社,1970 年)のなかで彼に出あ
ったときには,幕末の百姓にこんな人物がいたのかと感嘆したものです。
この算術の論理が一農民に領主と掛け合って年貢の据え置きを約束させる迫力を与
え,他方で百姓たちに勤労意欲を高めるための無利子金融にもなって,年次償
還の将来計画さえもてば借金も怖くないとわからせたのです。
さらに償還後に報徳金という名目の投資を立案して資本を蓄積し,相互扶助や
天保飢饉の難民救済に役立てました。戦前の小学生には,修身のお手本として
柴を背負って本を読む少年の銅像は馴染み深いものでしたが,戦後の民主主義
時代になっても刻印は深く残っていて,尊徳の道徳教育面ばかりが語られる傾
向が強かったのです。
たとえば,石川佐智子著『世界に誇る日本の道徳力―心に響く二宮尊徳90
の名言』(コスモトゥーワン,2006 年)などを参照してください。精神科関
係で二宮尊徳を論じたのは,中井久夫が『分裂病と人類』(東京大学出版会,
1982 年)で,「執着気質の歴史的背景:再建の倫理としての勤勉と工夫」を
述べたのが,唯一の文献でありましょう。私は,「生活療法の基礎理念とその
思想史」(精神医学2006; 48: 1237.52)と,その解説的な論文「生活療法の
開祖:二宮尊徳」(精神科治療学2006; 21: 1249.55)を発表しましたので,
参照いただければ幸いです。
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2006 年,バングラデシュの農村銀行のユヌス頭取が,農婦たちに小額金融を
普及させた業績に対して,ノーベル平和賞を受けましたが,これは尊徳が200
年前にわが国で行っていたことと同じものでもありました。
弟子・富田高慶著『報徳記』(岩波文庫,1933 年)や福住正兄著『二宮翁夜
話』(春秋社松柏館,1943年)は説教話が主で経済・経営論は少ないのに,
『二宮尊徳全集』では二宮仕法の雛形,資料が豊富で,算数の活用が見事でし
た。戦後になって三戸岡道夫著『二宮金次郎の一生』(栄光出版社,2002年)
のような尊徳の農業経営論を主とする著作も現れてきましたが,道徳と経済を
総合する所論は,「論語と算盤」(渋沢栄一)のほかには見当たりません。興
味深いことには西欧経済学の創始者Adam Smith(1723 ~ 1790 年)は,当初
は道徳哲学(moral philosophy)の教授で,処女作『道徳感情論』(上・下,
岩波文庫,水田洋訳,2003 年)は主著『諸国民の富』(国富論)(第5 版,
岩波文庫,大内兵衛ほか訳,1960 年)の前に書かれ,最終版が没年となる本
であったのです。精神科治療史に残るYork Retreat(1792 年~)のmoral
treatment も,“道徳療法”と訳すと意味がわからなくなりますが,コンサイ
スオックスフォード英英辞典によるとmos =custom,pl. mores = morals で
あるので,生活療法のようなものだったのではないかと推察されます。
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私は,躁うつ病(双極性障害:双極I ~ II 型)の状態像理解にも算数の論理
を活用しています。症例で説明しますと,双極性障害の友人と一緒に歩く時
に,彼が“うつ”だと私に遅れやすく,“躁”になると私より先に進む傾向が
あります。これを物差しを落とし止めるまでの単純反応時間で測ることができ
ます。あるうつ病者は,落下幅が30 cm だったのが25 cm になったので,「そ
ろそろ会社に出られますね」と言ったら「まだ駄目です」と応じ,22 cmにな
ったら「出勤できそうです」と答えました。思考の選択・転換操作(融通)を
乱数生成の(自由度・DOR)やパプス問題で測ると,「こだわり,とらわれ」
の拘泥度を自覚させることができて,納得づくの服薬が進められます。私の簡
易機能テスト(Utena’s Brief Objective Measures of fourFunctions,丹羽
真一氏はUBOM.4 と略称)の価値は,試してみると実感いただけるでしょう。