太宰治
自分には幸福も不幸もありません。
ただ、一切は過ぎて行きます。
自分が今まで阿鼻叫喚で生きて来た
所謂『人間』の世界に於いて、
たった一つ、真理らしく思はれたのは、
それだけでした。
ただ、一さいは過ぎて行きます
『人間失格』
人間は恋と革命のために生まれて来たのだ
『斜陽』
死のうと思っていた。
ことしの正月、よそから着物を一反もらつた。
お年玉としてである。
着物の布地は麻であつた。
鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。
これは夏に着る着物であらう。
夏まで生きていようと思つた
『葉』
愛することは、いのちがけだよ
『雌について』
本当の気品というものは、
真黒いどっしりした大きい岩に白菊一輪だ
『津軽』
騙される人よりも、
騙す人のほうが、数十倍苦しいさ
『かすかな声』
わが身にうしろ暗いところが
一つも無くて生きていく事は、
不可能だと思いました
『ヴィヨンの妻』
人非人でもいいじゃないの。
私たちは、生きていさえすればいいのよ
『ヴィヨンの妻』
信じられない。僕の疑惑は、
僕が死ぬまで持ちつづける
『新ハムレット』
好奇心を爆発させるのも冒険、
また、好奇心を抑制するのも、
やっぱり冒険、どちらも危険さ。
人には、宿命というものがあるんだよ
『お伽草子』
あなたに助けられたから
好きというわけでも無いし、
あなたが風流人だから
好きというのでも無い。
ただ、ふっと好きなんだ
『お伽草子』
疑いながら、ためしに右へ曲るのも、
信じて断乎として右へ曲るのも、
その運命は同じ事です。
どっちにしたって
引き返すことは出来ないんだ
『お伽草子』
あなたはさっきから、乙姫の居所を
前方にばかり求めていらっしゃる。
ここにあなたの重大なる誤謬が
存在していたわけだ。
なぜ、あなたは頭上を見ないのです。
また、脚下を見ないのです
『お伽草子』
そうして、浦島は、やがて飽きた。
許される事に飽きたのかも知れない。
陸上の貧しい生活が恋しくなった。
お互い他人の批評を気にして、
泣いたり怒ったり、
ケチにこそこそ暮している陸上の人たちが、
たまらなく可憐で、そうして、
何だか美しいもののようにさえ思われて来た
『お伽草子』
しかし、私は陸上の人間だ。
どんなに安楽な暮しをしていても、
自分の家が、自分の里が、
自分の頭の片隅にこびりついて離れぬ
『お伽草子』
他の生き物には絶対に無くて、
人間にだけあるもの。
それはね、ひめごと、というものよ
『斜陽』
不良とは、
優しさの事ではないかしら
『斜陽』
私には、是非とも、
戦いとらなければならないものがあった。
新しい倫理。
いいえ、そう言っても偽善めく。
恋。
それだけだ
『斜陽』
けれども私たちは、
古い道徳とどこまでも争い、
太陽のように生きるつもりです。
どうか、あなたも、あなたの闘いを
たたかい続けて下さいまし
『斜陽』
じぶんで、したことは、そのように、はっきり言わなければ、
かくめいも何も、おこなわれません。
じぶんで、そうしても、他のおこないをしたく思って、
にんげんは、こうしなければならぬ、などとおっしゃっているうちは、
にんげんの底からの革命が、いつまでも、できないのです
『ロマネスク』
生活人の強さというのは、
はっきりノオと言える勇気ですね
『未帰還の友に』
私には、誇るべき何もない。
学問もない。才能もない。
肉体よごれて、心もまずしい。
けれども、苦悩だけは、その青年たちに、
先生、と言われて、だまってそれを
受けていいくらいの苦悩は、経て来た。
たったそれだけ。
藁一すじの自負である
『富嶽百景』
怒涛に飛び込む思いで、
愛の言葉を叫ぶところに、
愛の実体があるのだ
『新ハムレット』
美しさに内容なんてあってたまるものか。
純粋の美しさは、
いつも無意味で、無道徳だ
『女生徒』
真実は行為だ。
愛情も行為だ。
表現のない真実なんてありゃしない
『火の鳥』
人間なんて、そんなにたくさん、
あれもこれも、できるもんじゃないのだ。
しのんで、しのんで、
つつましくやってさえゆけば、
渡る世間に鬼はない。
それは信じなければいけないよ
過ぎ去ったことは、忘れろ。
さういっても、無理かもしれぬが、
しかし人間は、何か一つ
触れてはならぬ深い傷を背負って、
それでも、堪えてそしらぬふりをして
生きているのではないのか。
おれは、さう思う
まじめに努力して行くだけだ。
これからは、単純に、
正直に行動しよう。
知らない事は、知らないと言おう。
出来ないことは、
出来ないと正直に言おう。
思わせ振りを捨てたならば、
人生は、意外にもへいたんなことらしい
『正義と微笑』
私はなんにも知りません。
しかし、伸びて行く方向に
陽が当たるようです
『パンドラの函』
真の正義とは、
親分も無し、子分も無し、
そうして自分も弱くて、
何処かに収容されてしまう姿において
認められる
不平を言うな。
だまって信じて、ついて行け。
オアシスありと人の言う
生まれて来てよかったと、
ああ、いのちを、人間を、世の中を、
よろこんでみとうございます
『生と死と』
神は在る。きっと在る。
人間到るところ青山。
見るべし、無抵抗主義の成果を。
私は自分を幸福な男だと思った。
悲しみは金を出して買え、
という言葉が在る。
青空は牢屋の窓から見た時に
最も美しい、とか。
感謝である。
この薔薇の生きている限り、
私は心の王者だと、一瞬思った
『善蔵を思う』
人生の出発は、つねにあいまい。
まず試みよ。
破局の次にも、春は来る。
桜の園を取りかへす術なきや
それだから、走るのだ。
信じられているから走るのだ。
間に合う、間に合わぬは
問題でないのだ
『走れメロス』
最後の死力を尽して、
メロスは走った。
メロスの頭は、からっぽだ。
何一つ考えていない。
ただ、わけのわからぬ
大きな力にひきずられて走った
『走れメロス』
信実とは、決して空虚な妄想ではなかった
『走れメロス』
間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。
人の命も問題でないのだ。
私は、なんだか、もっと恐ろしく
大きいものの為に走っているのだ
『走れメロス』
おまえの兄の、一ばんきらいなものは、
人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。
おまえも、それは知っているね
『走れメロス』
なぜ生きていなければいけないのか、
その問に悩んでいるうちは、私たち、
朝の光を見ることができませぬ。
そうして、私たちを苦しめているのは、
ただ、この問ひとつに尽きているようでございます
これからどんどん生長しても、
少年たちよ、容貌には必ず無関心に、
煙草を吸わず、お酒もおまつり以外には飲まず、
そうして、内気でちょっとおしゃれな娘さんに
気永に惚れなさい
『美男子と煙草』
鎖につながれたら、鎖のまま歩く。
十字架に張りつけられたら、十字架のまま歩く。
牢屋に入れられたら、牢屋を破らず、牢屋のまま歩く
『一日の労苦』
ああ、古典的完成、古典的秩序、
私は君に、死ぬるばかりのくるしい
恋着の思いをこめて敬礼する。
そうして、言う。さようなら
『一日の労苦』
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こうして並べてみるとなるほどさすがに太宰は太宰である
この人はこうした短い章句の中にきらめくものがあり、これを核に文章を構成している気がする。
若い頃から太宰は知ってはいたが
若いときほど嫌悪して無共感でいた
年をとるほど許せる気分になっている
こんな人がいても別にいいだろうと思っている
実際この人は何をしたのかといえば
文章を少し書いてその一部は教科書に載り
一部は乙女たちの愛読書となり
しかし現実の人生で何も達成しなかった
でもそのことが悪いのではなくて
それで大いに結構だと思う