人間の精神的成長

「十五志学、三十而立、四十不惑、五十知命、六十耳順 」論語

 これを現代の平均寿命80歳、 孔子の時代が60歳として比例させる。
 目的もなく入学した大学で将来の進路をきめるのが20歳、一人前と認められるのが40歳社会の出来事に動じなくなるのが53歳、自分の器量を悟るのが66歳、他人の事(人間)がわかってくるのが80歳と意訳できる。

との意見である。
そうかもしれない。どうして平均寿命にしたがって人間の精神的成長がゆっくりになるのかは不明。
社会が複雑になっているから大人になるのが遅れるというのだけれど
たとえば専門職では一人前と認められるには時間がかかるだろうが
それと大人の分別とはまた別だろうと思う。

第一仕事に就かない人がかなりいるというので
一人前になるスタートにもつかないということだ。
修行期間が延びただけではない。
労働人口が少なくなると騒がれていたのは少し前までの話で
いまはむしろ職がない。

一人前になるが遅れているが性的成熟はむしろ早くなっているわけで、そのことと合わせると辻褄が合わない。
生殖能力が確立すればそれで大人だと思うしその時点で自覚が生まれるはずだ。

いまは老人が沢山いるのでなかなか大人と見なしてもらえない、扱ってもらえないというだけではないだろうか。
老人が少なければ若者も立派な大人として自覚するのではないだろうか。

政治的発言力は高齢者の方が何となくあるわけだし
票としては同じ一票で人口が多い方が重みがあるし
財産は当然高齢者の方が持っているしで
筋肉だけがある若者は現代ではどうしても半人前扱いになるのだろう