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経営哲学の徹底~ウィリアム・ウェルドン(ジョンソン・エンド・ジョンソン会長兼CEO)
患者本位の経営を守り 75年連続増収を達成
2008年7月10日 木曜日
絆創膏の「バンドエイド」に使い捨てコンタクトレンズ──。
これらの消費者向け製品で日本でも知られているが、
実体は医薬品や医療機器も手がける総合医療メーカーだ。
3つの分野でそれぞれ強みを発揮し、
75年にわたって売り上げを伸ばし続けてきた。
最大の顧客である患者を最優先する哲学を守ってきたこと。
これが成長の原動力だとウェルドンCEOは明かす。
ウィリアム・ウェルドン
1948年米ニューヨーク州生まれ。71年米クインニピアック大学卒業後、米ジョンソン・エンド・ジョンソン入社。92年グループ企業のエチコン エンドサージェリー社長。98年医薬品グループの会長。2001年副会長。02年から現職。
当社の2007年の連結売上高は611億ドル(約6兆1100億円)に上り、1932年から75年連続の増収となった。同年の連結純利益は121億ドル(約1兆2100億円)で、24年連続で増益を続けている。
これほど長期にわたって業績を伸ばしてこられたのは、当社の製品や社員が優秀であるからにほかならない。しかし、それだけではない。当社が守り続けてきた「クレド(我が信条)」という経営哲学の存在が大きいと私は考えている。
クレドは、我々が優先すべきことを定めたものであり、最も優先すべきなのは患者、すなわち、当社の製品を使用する顧客であると提唱している。この哲学に従って患者にフォーカスし、彼らの役に立つ製品を提供できているかどうかを自問し続ける。こうした姿勢が、当社に成功をもたらしてきたのである。
株主よりも顧客や社員を優先
クレドには様々なことが記されている。例えば、製品の原価を引き下げることやイノベーションを起こすことなどだ。その中心には、患者を理解することがある。
患者のニーズを的確に把握し、当社の製品が役に立てることを追求する。そして、患者のニーズに応えられる製品を生み出すための研究開発力を磨く。さらに自社開発が間に合わなければ、積極的に他社から製品のライセンス供与を受けたり、必要な製品を持っている会社を買収したりする。このように顧客である患者が必要とする製品を提供することがすべての基本になっているのだ。
クレドで患者の次に優先すべき対象として挙げているのが、社員である。この点も、ジョンソン・エンド・ジョンソンの長期にわたる持続的な成長を支えてきたと思う。社員に対して尊敬の念を持って接し、快適な職場環境を整えることに腐心してきた。社員が働くことに誇りを持ち、働き続けたいと思う会社にすることを心がけてきた。
クレドが3番目の優先対象に掲げているのが、我々が生活し働いている地域社会である。これ自体は珍しいことではないだろう。しかし、当社はこの点を非常に真剣に考えている。というのも、患者などの顧客に対して我々が社会貢献をしっかりと行う企業であることを示すことは非常に重要だからである。
それだけではない。患者だけでなく地域社会にも当社は貢献している。このような意識を持つことで、社員の活力や士気も高まる。
そしてクレドは最後の優先対象として、当社の株主が相応の見返りを受け取ることを挙げている。
クレドに掲げられたこれらの哲学が、当社の経営を構成する4つの原則の基盤にもなっている。
原則の1番目は、人間の健康管理に広範に基礎を置くことだ。人の健康に関係することなら、あらゆることを機会と捉える。そうすることによって、患者のニーズに本当にフォーカスできるからだ。
我々は恐らく、人間の健康管理のすべてに関わることが可能な世界でも唯一の企業だろう。医薬品、医療機器、そして一般消費者向けの健康関連商品の3つの分野で、健康に関係する幅広い製品を扱っているからである。
世界に約250の子会社を展開
異なる分野の技術を融合させることによって、それまでなかった製品を作り出すこともできる。その代表例が薬剤溶出ステントの「サイファー」だ。これは、ステントと呼ばれる医療器具にあらかじめ薬剤を内蔵したものである。
ステントは、狭くなった血管を押し広げた後、その状態を維持するために血管の内側に設置したまま残すメッシュ状の金属製チューブだ。このステントには、設置した後に血管が再狭窄を起こすのを防ぎきれないという課題があった。
そこで血管の再狭窄を抑える薬剤をステントに充填しておき、血管の内側に設置した時に周囲に薬剤が溶け出すようにしたのである。これは当社の医薬品グループと医療機器グループの研究者たちが協力して初めて開発できた製品だ。
このように既存の技術を融合させることによって、将来は患者ごとの特性に応じたテーラーメード医療の可能性が大きく開けるかもしれない。人間の健康管理に広範に基礎を置くという第1の原則はジョンソン・エンド・ジョンソンに大きなチャンスをもたらしてくれる。
第2の原則は、分社分権化経営と呼ばれるものである。これは、事業や地域ごとに子会社を置き、権限を与えることを指す。顧客である患者のニーズをより深く理解するとともに、国ごとに異なる規制に着実に対応することが目的だ。当社では現在、世界57カ国に約250社のグループ企業を持っている。
このような分社化については、「1社にまとめた方がコストを削減できる」という意見をよく聞く。しかし、そうすることによって患者のニーズをしっかりと把握できなくなるデメリットの方を我々は重視しているのだ。顧客である患者の近くにいてその声に耳を傾けなければ、彼らが必要としている製品を作り出して提供することはできない。
タイレノール事件の教訓
分社化には、社員の中から優れたリーダーを育成する効果もある。小さな子会社の経営からスタートして徐々に規模の大きな子会社の経営を担っていく。さらに事業内容の異なる複数の子会社の経営に携わることで、経験を重ねてリーダーシップを磨くことができる。
原則の3番目は、長期的な視点を持って経営することだ。長期にわたって持続的な成長をもたらしてくれる分野に研究開発費を投じていく。もし短期の目標ばかりを重視したら、例えば利益を増やすために研究開発費を減らすといった事態を招きかねない。当社は2007年に75億ドル(約7500億円)もの研究開発費を使っている。これを減額すれば、利益を大幅に増やすことが可能だ。しかし、そうしたら事業の長期的な成長を妨げてしまう。
短期的な目標だけを追求せずに長期的な視野を持って経営してきたことが、75年連続の増収という長期にわたる成長につながったのだ。
最後の4番目の原則は、既に言及したようにリーダーを育成することである。優れたリーダーが事業の指揮を執ることが業績の向上につながり、その結果、当社の企業価値も高まる。
クレドという経営哲学を守り、それに基づく4つの原則を貫き通す。これが当社の経営の根幹になっていることを世の中に広く示すことになったのが、1982年に「タイレノール事件」が起きた時の対応だった。
我々の主力製品の1つである家庭用解熱鎮痛剤「タイレノール」のカプセルにシアン化合物が混入され、それを飲んだ7人の方が亡くなった。当時の会長だったジェームズ・バーグは、クレドが真っ先に掲げている顧客への責任に基づいて、ただちにタイレノールを全品回収し、マスメディアを通じて積極的に情報を開示したり、対策チームを設置したりといった手を打った。
全品回収に伴う売り上げの損失は1億ドルに上ったが、ジムは第一に顧客のことを考えて勇気ある決断を下したのである。それができたのは、クレドという“標識”があったからだ。結果として迅速な対応を取ったことが当社に対する一般消費者の信頼を高めた。パッケージを変更するなどの対策を施して再び販売したタイレノールは、家庭用解熱鎮痛剤のシェアトップ商品に返り咲いた。
この時の経験は、我々が最優先すべき患者が危険にさらされた時には、クレドに従って対応すべきことを明確に示してくれた。
当社では、イントラネットなどを介して、世界中のすべての社員を対象にクレドに対する認識を定期的に調べている。クレドの哲学を社員に浸透させることが目的だ。
この調査では、クレドに示された我々が取るべき行動規範に照らして、社員が自分の属している組織をどう評価しているかということまで聞いている。その回答結果を分析して、それぞれの組織にフィードバックする。各組織の運営を改善するのが狙いである。
社員の給与を決める評価も、クレドの掲げる行動規範とリンクさせている。こうした取り組みによって、社員がクレドに示された信条を実践するようにしているのだ。
組織改革で技術の融合を加速
クレドの文言が彫りこまれた壁の前に立つウェルドン会長兼CEO
我々の強みの1つは、人間の健康管理に広範に基礎を置くという経営の第1の原則にある。
製薬会社には、医薬品の特許が失効したら、同じ成分で価格の低い後発医薬品にシェアを奪われて売り上げが激減するリスクがある。当社の医薬品事業もそのリスクとは無縁ではない。
ただし、2007年の連結売上高に占める医薬品事業の割合は41%。残りの59%は医療機器と一般消費者向けの健康関連商品とで構成されている。医薬品の特許が切れることによって売り上げが急減する可能性はあるが、ジョンソン・エンド・ジョンソンには医薬品以外に成長を追求できる分野がたくさんある。これを実行に移すため、昨年末には組織改革を行った。
まず医療機器の分野で2つの組織を新設した。1つは「総合治療グループ」。もう1つは「外科治療グループ」である。
総合治療グループとは、文字通り総合治療を行うためのグループだ。例えば、糖尿病や心臓血管病、眼科、診断薬といった異なる領域の治療を組み合わせる。そうすることによって、複数の病気を患っている人に病気ごとの製品を別々に提供するのではなく、患っているすべての病気を考慮した総合的な治療を提供することを目指している。
外科治療グループでも同様に、内視鏡を使った手術や整形外科手術、麻酔、術後治療など外科に関係する既存の領域の技術を融合させる。それによって、手術のこれまでのやり方を変えるような革新的な製品を生み出すことを狙っている。
将来の成長の種を探す
そして全く新しい組織として設置したのが、「オフィス・オブ・ストラテジー・アンド・グロース(戦略と成長のオフィス)」である。
世界の健康管理に関わるビジネスの市場規模は4兆ドル(約400兆円)と推定されている。我々が事業を展開している医薬品、医療機器、一般消費者向けの健康関連商品の3つの分野の市場の合計は約1.2兆ドル。4兆ドル市場の約3割に過ぎない。つまり、我々が事業を行っていない健康管理の市場が2.8兆ドルもあることになる。
この手つかずの市場を研究し、当社が将来に進出できる事業領域を探すのが、この組織の役割である。それは、健康管理に関わるサービスかもしれないし、IT(情報技術)かもしれない。いずれにせよ、長期にわたって持続的な成長を実現するために5年後、10年後、20年後の新規事業の種を見つけ出すのが、この組織に課せられた使命である。
既存の事業を組み合わせる新たな組織を作ったように、異なる技術の融合が重要になっているからといって、当社の経営における原則の1つである分社分権化経営を変えるつもりは全くない。なぜなら、それはジョンソン・エンド・ジョンソンが持つマジックの核をなしているものだからである。
分社分権化経営によって、我々は顧客の近くに位置し、彼らのニーズを把握することができる。それを放棄してしまったら、顧客との接点を失ってしまう。
時代の変化に応じて変えていかなければならないものはあるが、その一方で変えずに守っていかなければならないものがある。我々にとってそれは、クレドという哲学とそれに基づく経営の4つの原則なのである。これらを維持することが今後も当社に成長をもたらしてくれる。私はそう信じている。
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どんな心臓をしているのだろう。