共感性の不全という観点からは子どもの発達障害も大きなカテゴリーである。
最近の考え方の概要を採録。
診断カテゴリーは、この分野では常時、新しい提案がなされており、
いろいろな言葉が使われる。
この文章では比較的保守的なカテゴリーになっている。
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発達障害の医学的理解と支援の実際
社団法人発達協会王子クリニック 石崎朝世
精神面、運動面の発達に問題があって、日常生活に支障があり、社会適応に向け支援が必要な場合、「発達障害」があるというが、ここでは、精神発達障害(すなわち、認知面、情緒面、行動面に発達の問題がある場合)をとりあげ、その医学的な理解と支援の実際につきお伝えする。具体的には1.主な発達障害の解説とその基本的な対応、2.年齢別にみた特徴と対応のポイント、3.最近の医学的な知見(主に原因について)、4.治療が必要な合併症と対応(薬物治療を中心に)、を述べ、5.学校と連携をとった事例の実際、を紹介する。
1.主な発達障害とその基本的な対応
①精神遅滞・境界領域知能(Mental Retardation:MR、Borderline Mentality)
話す力やことばの理解、形を認識する力や状況を理解する力などの知的な能力が年齢に比して全般的に低いレベルにあり、社会生活をしていく上で理解と支援が必要な状態を精神遅滞(知的障害)という。知的能力を心理発達テストで評価し、IQ<35は重度精神遅滞、IQ35~50は中度精神遅滞、IQ50~70は軽度精神遅滞とされる。IQ70~85は境界領域知能とされ、明らかな知的障害とはいえず、環境を選べば、自立して社会生活ができると考えられるが、状況によっては理解と支援が必要なレベルである。基本的な対応として、まず、子どもの知的能力を客観的に把握し、子どもに合った指導環境を整えることが必要。その子なりの努力や得意なところを認め、認めたことは、子ども自身にも、また、周囲の子どもたちにも伝わるようにすることも大切。境界領域知能の方の不適応やストレスにも理解が必要。
②広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder:PDD)
ⅰ)対人関係が薄く(共感性が乏しい)、社会性の発達がわるい。ⅱ)コミュニケ-ションの障害がある。ⅲ)興味・活動が限られ、強いこだわりがある。反復的な行動(常同行動)がみられることがある。という特徴を3歳以前から有するということが診断基準となっている。しかし、ⅳ)想像力の障害(様々な情報を統合し、推測することが困難。)。これも重要な特徴であり、かかわり方を考える場合、とくに理解が必要な特徴である。このような特徴をもっている人を広汎性発達障害という。その中で、それぞれの特徴が顕著である場合は「自閉症(ICD-10)、自閉性障害(DSM-Ⅳ)」、特徴はあるけれど症状がそれほど強くない、一部の症状は目立たない、或いは発症年齢が遅いといった場合は「非定型自閉症(ICD-10)、特定不能の広汎性発達障害(DSM-Ⅳ)」と診断する。また、知的発達の遅れや言葉の発達の遅れがない、そして、対人関係以外では、ある程度適応能力をもっているものをアスペルガ-症候群と診断する。PDDの人は、これらの特徴と関連し、程度の差はあるが、他の人と、喜んだり、悲しんだり、感動したりといった感情を共有しにくく、他の人がどのように感じているかを察知することが難しい、人に合わせて行動することも苦手である。先の見通しをつけること(様々な情報から推論すること)が苦手で、見通しがつかない不安が大きい。また、特定の音、匂い、触覚などの刺激に敏感すぎる、時間を見計らって行動することができにくい、聞くべき人の声など、必要な刺激を選択できにくい(不必要な雑多な刺激が必要な刺激と同様に入ってしまう。)、突然過去の記憶を鮮明に思い出し、そのときと同じ気持ちになってしまうタイムスリップ現象がある、など感覚、感性の特異さも併せ持っている。基本的な対応は、まず、このような状況を理解することから始まる。その上で、人との係り方や基本的なル-ル、身の回りのことを教え、見通しを持てるように工夫し(視覚的な情報も活用)、安心して集団生活を送れるよう配慮する。必要な生活体験は繰り返し実施する(ソーシャルスキルを積極的に習得させる。)。ストレスになる刺激や、集中の妨げになる刺激は調節する。得意なことも持っていることが多いので、それも認めて自信をつけるようにしていくことも大切。自信ももち落ち着いた状況では、少しずつまわりのことも見えてきて集団生活に適応する行動も増え、学習にも意欲を見せてくることが多い。落ち着いた状況では、成人になっても、周りを見て、理解する力は高まる。中には、周囲の状況を無視しがちながら、好きなことには、人一倍熱中し、ときには、特定の分野で高い能力を発揮して認められる人もいる。とくにアスペルガ-症候群は、前述の特徴をもつが、環境によっては、障害として支援を受ける必要はない「いわゆる個性」といえる。ただ、理解されない環境では、不安、過敏、こだわりなどの情緒障害を強め、社会への適応が困難ともなる。
③注意欠陥多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD)
日常生活に著しく支障を来すほど多動、注意集中困難、注意転導(気が散る)、衝動性が目立つ人のことをいう。基本的な病態としては、抑制機能の障害の他、4つの実行機能に問題があるといわれている。即ち、①こころの中に情報を留め置き、それを引き出すこと(思い浮かべて考える;非言語性ワ-キングメモリ-)、 ②発語の自己管理と発語の内的投射(話す必要のないことは話さないこと、言葉で考えること;言語性ワ-キングメモリ-。)③気分、覚醒状態の制御、④行動を分析して新しい行動を作り出す能力の低下がある。そのことによって、言われたこと、見たことをすぐ忘れてしまったり、思い浮かべて考えることが苦手、不適切におしゃべりしたり、ことばで考えて行動できなかったり、興奮しやすかったり、しっかり目覚めていなければいけないときに眠たくなってしまう。やる気が続かない傾向もみられる。また、失敗して反省したつもりでも、同じことを繰り返してしまったりする。自己中心性が目立っていたり、ひどく反抗的な子どももいる(たいへん反抗が目立ち、その状態が長く続く場合は反抗挑戦性障害があるとされる。)。こだわりや切り替えの悪さがあって、好きなことには熱中しやすい子も多い。刺激へ過敏に反応しすぎる子もいる。後述の発達性協調運動障害、学習障害(LD)が合併したり、広汎性発達障害(PDD)に近い社会性の問題を持っていたりすることもある。ただ、ADHDは他の発達障害と大きく違って、症状やその程度が状況や年齢でかなり変化する。多くの子は、小学校高学年ころになると問題が少なくなって周囲に適応していく。さらに大人になると、ADHDの特徴が残っていても、本人が自ら適した環境や適した職業を選ぶことができるようになり、のびのびと生活し、むしろ個性的な仕事で認められるようになる人も多い。即ち、多くの場合、障害とはいえない状態になる。ある程度の自己中心性や反抗心、衝動的な行動力、多少、落ち着きなく注意が移りやすい中でのひらめきや、興味のあることへの熱中は長所ともなり得る。事業家、芸術家、マスコミ関係の仕事を持つ方などは、元ADHDであったり、ADHD的な方が多いようである。ただし、極端に自信をなくしたり、対人関係や自分の将来に大きな不安をもったり、人間不信に陥ってしまったりすると、さまざまな情緒面の問題を起こしてくることがある。基本的な対応としては、特徴を理解し、記憶をとどめる工夫、考えて行動する機会をつくったり、過去の経験などを生かす方法を学ばせたりする、また、気分をコントロールしやすくする声かけやその他の工夫をする。出来るだけ小さい時期から、社会参加に必要な人とのやりとりの仕方や基本的なル-ルを教え、行動や情緒を自己コントロ-ルする力を養うこと。またその子なりの努力を評価し、得意なところも見いだし、自信を育むこと。これがとくに大切である。PDDに近い社会性の問題を持つ場合は、特に人との係り方、やりとりを丁寧に学ばせていく必要がある。いずれにしても人とうまくかかわる力をつけていくことが重要といえる。著しい多動、不注意、衝動性で二次的な問題が大きいと思われるときは薬物治療を考慮。中枢刺激剤であるメチルフェニデ-トが約8割で効果を示すが、活動的な良い面もなくす可能性があり使用は慎重をきさなければならない。
④学習障害(Learning Disability:LD)
全般的な知的発達の遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する、または推論する能力の習得と使用に著しい困難を示すものと定義される(文部省1999年)。このためにLDの子は学習に支障きたすが、その影響は日常生活にまで及ぶことが多い。このような子どもは、一部の能力のみが劣っているので、周囲にそのことがわかりにくく、一部の能力が発揮できないのは、なまけているから、わざとやろうとしないなど理解されていないことがある。また、不得意な部分が目立つために、知的発達全体が遅れていると誤解されることもある。苦手意識のため、苦手な学習や作業を拒否するような二次的な問題も出てきやすい。さらに、LDには、前述のADHD或いは発達性協調運動障害が合併していることがある。また、明かなPDDであれば単にLDであるとはいわないが、PDDに近い対人関係の薄さをもっているものも少なくない。LDを疑ったものへの基本的な対応では、心理発達を客観的に評価し、得意な部分は自信につなげ、苦手な部分では、子どもなりの努力を認めるとともに、子どもにあった指導を考える。得意な部分で苦手な部分をカバ-することを考えていくことも必要。多くの場合、学習指導とともに、ソ-シャルスキルトレ-ニングおよび心理指導が必要。また、原因や合併症状によっては、薬物治療を併用することがある。*狭義の医学的な概念では、算数障害、読み書き障害を学習障害(Learning Disorder)としている。実際面では言語性LD、非言語性LDの概念もしばしば有用である。
⑤発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder:DCD)
手足の麻痺はないけれど、動きの協調が必要な動作に障害がある。即ち、著しい不器用やバランスの悪さなどがあって、日常動作や学業に支障を来す状態で、スポ-ツが下手、作業が遅い、書字が下手などで明らかになる。このような症状は、日常生活全般に影響するため、大きく自信をなくしていきかねない。LDと同様かそれ以上に苦手意識が育ち、苦手なことへの拒否にもつながることが多い。また、いじめやからかいの対象になることもある。周囲は、このような状態に理解を示し、本人なりの努力や向上をきちんと評価することをこころがけなければならない。この障害による不都合さは周囲に理解されにくいけれど、本人にはかなりのストレスになっているはずである。ADHDやPDD、LDの一部に合併してみられ、その経過にも影響する。
2.原因と原因からみた治療
自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)については、結節性硬化症やフェニールケトン尿症など特定の病気であったり、周生期の障害や胎内あるいは生後の感染症の関与が示唆されたりする場合もあるが、多くは原因不明である。一卵性双生児の自閉症の一致率が80-96%、二卵性双生児は2-10%、一般の発生率は0.2%程度であることを考えると多くの場合、突然変異も含め、遺伝的要因の関与が推測される。様々な原因により脳内のセロトニンやカテコールアミン神経系の機能に変化が生じていることが推測されている。成瀬らは脳内カテコールアミン代謝低下説を考えた。瀬川らは自閉症の本態を縫線核セロトニン神経系の異常に求め、経過とともに青斑核ノルアドレナリン神経系、ドーパミン神経系の障害が加わると仮定した。変化のある脳の部位としては、これらの神経系の活動と深く関わる小脳、脳幹、前頭葉に特に変化がみられるとされる。以上より、l-dopa(エル・ドーパ)少量、ドーパミンとセロトニン代謝の補酵素であるtetrahydrobiopterin(テトラハイドロビオプテリン)は試みる価値があると思われるが、後者は統計的に有意な改善が得られなかったとして製造が中止された。セロトニン代謝に関与する抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再吸収阻害薬)や消化酵素であるセクレチンが症状を改善させたという報告、また、ビタミンB6が一部の広汎性発達障害の言語障害を改善したという報告もあるが、まだ皆に認められわけではない。
ADHDも、一般的には生まれつきの脳の発達の問題と考えられている。主にはドパミンやノルアドレナリンといった脳の神経伝達物質に関連した神経系の機能障害、部位でいえば、それらの神経系が活発に活動している前頭葉(とくに右前頭前皮質)、大脳基底核および小脳の機能障害が推測されている。また、ADHDの子どもの親や兄弟も似たような症状をしばしば持っていることから、遺伝の関与が大きいとも考えられています。ときには、遺伝子の関与ではなく、脳に同様な変化をもたらすことがあるてんかん、出生時低体重、脳の外傷や腫瘍など器質的な障害、代謝疾患による場合もある。また、これらの神経系の活動は環境因子や睡眠リズムによっても変化する部分があり、発達早期すなわち乳幼児期の環境や生活リズムは、その後の脳の発達に影響する。従って、症状の出方や強さは、生まれつきの因子に規定されるところはあっても、小さいころからの対応や環境に影響を受けると考えられる。極端に不適切な環境(とくに乳幼児期からの虐待)は、それだけでも情緒や行動面の障害を引き起こすともいわれている。今まで問題になったころがある糖分のとりすぎ、鉛、アレルギー、環境ホルモンなどは原因として証明されていない。
3.年齢別にみた特徴と対応のポイント
広汎性発達障害と注意欠陥多動性障害の経過と基本的な対応を中心に述べるが、経過の基本にあるものは、人としての自然の発達であり、自尊心、自立したい気持ち、反抗したい気持ちなどは、多少遅れることはあるにしても、年齢に沿った形で存在し、葛藤もある。育て方や対応の基本も、「その力をできるだけ伸ばし、できるだけ自立させ、生き生きとした社会参加を果させる」といった普通の考え方でよいと考える。そのことを念頭におき、あまり、特別な意識を持ちすぎずに、年齢相当の接し方、将来を見据えた接し方を心がけることが大切である。
[乳児期]
自閉的なタイプは、おとなしい、手がかからないという児が圧倒的に多い。人見知りはないか乏しい。ときに刺激に過敏で泣いてばかりいる、寝が浅いといった児もいる。多動児では、ハイハイのころから落ち着きなく動き回る子もいる。この時期は、とくにスキンシップや視線を合わせての発声や表情でのやりとりが大切。睡眠リズムがつきやすい環境をつくる。ビデオやテレビがつけっぱなしの環境はよくない。
[幼児期前期]
自閉的なタイプは、歩行後、徐々に勝手に動きまわるようになる。視線は合いにくい、呼びかけに応じない、指差しをしないといった特徴があり、言葉の遅れが明かとなる。一時期出現した言葉が消失してしまうこともある。母などと引き離された経験などつよいストレスをうけたあと、症状が一期にめだってしまう場合もある。引き続き、視線を合わせること、身ぶりや簡単な言葉でのやりとりを心がけたい時期である。子どもに共感を求めるだけでなく、保育者が子どもに共感することも大切。しばしばビデオやテレビを見続けることを好むが、周囲もこれを容認して係わりをおろそかにすると、さらに言葉や社会性の発達が阻害されるので要注意。多動児では、歩いたと思ったら、すぐ落ち着きなく走っていたといったことが多い。指差しや言葉が多少遅れることが少なくない。ことばより先に手が出たり、指示が通りにくかったりすることから、このころから叱責が多くなりがちであるが、ほめることを心がけるとともに、やはりやりとりする力を高めたい。
[幼児期後期]
自閉的なタイプは、環境の変化や特別な刺激に敏感となり、こだわりや常同行動が目立つようになる。パニックも起こしやすい。この時期には、身ぶりも含め、簡単なやりとりが成立するように働きかけることが大切。多動児では、多動性、衝動性、不注意といった症状が目立ってくる。他児とのトラブルが目立ち、集団行動が取りづらく、保育者は保育の困難さを感じる。自閉的なタイプでは、見通しがつかない不安がたいへん大きいなど、多動児では、じっとできにくい、衝動を抑えにくい、などの特異さを十分理解しながらも、経験を増やし、少しずつ我慢する力もつける。児なりの努力はしっかりほめる。身辺自立をはかり、適切な食習慣、生活習慣を身につける大切な時期でもある。
[学童低学年]
自閉的なタイプでも、人への意識が高まるが、係わり方がわからず、不適切な行動(いたずらやチョッカイなど)をとったりする。人と係わりたい気持ちを理解し、適切な係わり方を教える。多動児では、とくに学校での落ち着きのなさ、注意集中困難、衝動的な行為、情緒の不安定さ、なくし物、忘れ物が問題となる。前者後者とも、ル-ルの理解をすすめる、あるいはごく基本的なルールを守ることを実践させ、また、基本的な身辺自立を完全なものとしていく。また、自己コントロ-ル力をつけるとともに、自信をつけていくようにしむける。
[学童高学年]
自閉的なタイプで、児によっては、衝動性や興奮しやすさが目立ってくる。他児との違いが意識されてくる場合もある。この時期では、ひきつづき人との係わり方を教え、社会のルールを身につけさせなければならないが、より自我が尊重され、自信を持たせることが重要。自信のあること、楽しめることが見いだせるとよいと思う。子どもによってさまざまだが、ある程度人と係わりたい、認められたい気持ちが育ってくるこの時期、そしてある程度人の気持ちを察知できるようになるこの時期に、人に対して被害的な意識が目立ってくることがある。高機能自閉症やアスペルガー障害で、そのような状況が起こりやすい。実際、拒否やいじめの対象になることもあり注意も必要だが、不適切に被害的にならないように配慮することも大切。
多動児では、落ち着きを見せてくる子も多いが、そうでないと、ますます集団に適応できにくくなることが多い。自信や意欲をなくしたり、周囲の人への不信感が募ったり、二次的な心理的な障害を持ちやすくなる。二次的な障害によって、症状が目立っていることへも配慮が必要である。スポーツその他、得意なこと、好きなことで、注意が集中できたり、自分を発散させたり、認められたりすると、自信をもち、多少なりとも安定して思春期を迎えられる。
前者後者とも、この頃より母子分離の準備も必要。また、母子分離が必要になる思春期までに、やってよいこと、悪いことといった基本的な人としてのルールや社会のルールはしっかり身につけさせておかなければならない。
[思春期]
一般の思春期同様、反抗心が高まり、情緒は不安定な傾向がある。自閉的なタイプではパニックも目立つことが多い。特にこの時期に知覚過敏が増したり、新たな過敏性を獲得したり(知覚変容現象)、また過去の記憶が鮮明に甦る(タイムスリップ現象)などの症状が強くでたりして、さらに情緒の不安定さを助長することが少なくない。
このような時期であることを考慮しつつも、絶対に許されないことには応じないようにする。一方ではさらに自我、自主性が尊重されるべきである。また、思春期の課題である母子分離の努力も安定した青年期を迎えるために必要。このような対応の原則は一般的な思春期のものと変わりはない。
[青年期]
自我の確立や自立を求める気持ちが高まり、しばしば大きな葛藤がある(発達障害をもった人はいわゆる思春期にその課題である自我の確立や母子分離を果たしていないことが多く、しばしばこの時期が真の心の思春期といえる時期になる)。ストレスから前述の知覚変容現象やタイムスリップ現象など様々な精神症状、心身症症状呈することも多い。理解やケアを受けながらもできるだけの自立を援助したいものである。
多動(ADHD)タイプでは、その特徴が残っていても、本人が自ら適した環境や適した職業を選ぶことができるようになり、のびのびと生活し、むしろ個性的な仕事で認められるようになる人も多い。即ち、多くの場合、障害とはいえない状態になる。ある程度の自己中心性や反抗心、衝動的な行動力、多少、落ち着きなく注意が移りやすい中でのひらめきや、興味のあることへの熱中は長所ともなりえる。事業家、芸術家、マスコミ関係の仕事を持つ方などは、元ADHDであったり、ADHD的な方が多いようである。ただし、極端に自信をなくしたり、対人関係や自分の将来に大きな不安をもったり、人間不信に陥ってしまったりすると、さまざまな情緒面の問題を起こしてくることがある。
青年期、成人期は、発達障害の重症度やそれまでの環境により状態が異なり、できるだけの自立はめざしたいが、様々な受け入れ方があっていいと思う。
4.治療が必要な合併症と対応―薬物治療を中心にー
1)精神科的な合併症と対応
①てんかん
自閉症の1/3から1/4が成人になるまでにてんかん発作を起こすといわれる。ADHDでもてんかんの合併は稀ではない。てんかん発作を反復したら、てんかんとしての治療が必要だが、一般には抗てんかん薬の効果は良好。発作型や脳波検査により、適切な薬が選択される。部分発作ではカルバマゼピン、全般発作ではデパケンがまず選択されることが多い。
また、てんかんに至らなくとも、脳波でてんかん性異常を認めることが少なくない。この場合は一般的には治療の必要はありませんが、脳波異常が著しいことが関与して目立った情緒や行動面の問題を引き起こしていると考えられる場合は、てんかんに準じた治療で改善が期待できる。
②睡眠障害
自閉症では、睡眠覚醒リズムが不安定になったり、不眠、中途覚醒や早朝覚醒といった睡眠障害が起こりやすかったりする。このような睡眠障害は情緒や行動面の発達に影響を及ぼしたり、日常の生活にも支障をきたす要因となる。まずは、日中の活動を活発にし、夜には睡眠をとりやすい環境をつくることが大切である。日中とくに午前中に光をあびることはリズムを保つのに有用といわれる。規則的な食習慣も大切である。著しい情緒の不安定さも睡眠障害を引き起こしやすい。
このことを理解した対応の工夫や環境の整備が一番だが、それでも睡眠障害が改善しない場合は薬物治療が必要。薬としては入眠薬、抗不安薬、情緒安定効果のある漢方薬、著しい情緒障害を伴った不眠では安定剤ともいわれる抗精神病薬が状態に応じて用いられる。我々は、しばしば催眠作用や睡眠リズムを調整する作用があるといわれる脳内物質のメラトニンを使用するが良好な効果を得ることが多い。
③著しい情緒障害
自閉症では、2の情緒・行動・認知面の特徴で述べたように、見通しがつかない不安が強かったり、こだわりや過敏性が目立っていて情緒が不安定になりやすかったりする。これらの特徴を理解して対応することが第一だが、過敏性が著明で外からの刺激がうまく入らないとき、パニックが頻繁であるとき、自傷、他害が目立つとき、こだわり行動で日常生活を送ることが困難になっている、また、高揚する気持ちが押さえられない、あるいは反対に気持ちの落ち込みが著しいときなどの著しい情緒障害では、対応の工夫、環境整備とともに薬物治療が必要である。
いわゆる前思春期から思春期にかけて、また青年期とされる20歳代では、さまざまな葛藤や前述の知覚変容現象やタイムスリップ現象のために、情緒の問題が目立って、薬物治療が必要となることが多い。睡眠障害と同様、抗不安薬、抗精神病薬、情緒安定効果が期待される漢方薬を状態に応じて用いる。とくに脳波でてんかん性異常があるときや、情緒の不安定さが目立つときは、抗てんかん薬が有効であることが多い。また、注意欠陥多動性障害に伴う情緒不安定性では中枢神経刺激薬が効果を示すことが多い。
ここで気をつけなければいけないことは、身体合併症がないかどうかである。身体症状をうまく訴えられないため、また、本人も不調の原因がわかりにくいために、苦痛を行動で示したり、精神に変調をきたしていることがある。痛みや不快感を伴うさまざまな疾患、また、情緒や行動に変化をきたす可能性のある内分泌疾患なども念頭におく必要がある(後述)。
④著しい多動性(多動・衝動性・不注意)
このために集団適応や学習を困難にさせている場合がある。あとさきのことを考えない衝動性のある多動があることもあり、抑制が効きにくいため、日常生活の困難さばかりでなく危険でもある。著しい場合は、薬物治療の適応になり、中枢神経刺激剤が効果的であることが多い。その他、少量の抗精神病薬、てんかん性脳波異常が目立つときは抗てんかん薬で改善が期待できる。
⑤精神病様症状
思春期から青年期にかけて、学校や職場への不適応などさまざまなストレスを誘引として、幻覚や妄想が起こってきたり、過度の緊張状態をきたすようになるなど精神病様と思われる症状を呈することがある。このような場合は、ストレスの理解とともに薬物治療が必須である。薬物では主に抗精神病薬が使われる。
⑥目立った気分の変調(気分障害)
⑤と同様に思春期から青年期にかけて、沈み込み意欲をなくし動かなくなってしまうようなうつ状態を呈したり、高揚している時期とうつ状態になる時期を繰り返すようになったりすることがある。この場合も、⑤と同様、誘引があれば、それへの理解も大切だが、薬物治療が必要である。抗うつ薬、抗躁薬、感情調整作用のある抗てんかん薬が用いられます。その他気分を調整する漢方薬が有効である場合もある。
⑦チック・トウレット障害
目をしばたかせたり、すばやい動きで、顔をゆがめたり、肩や首を動かしたり、手や足を何かにたたきつけたり、咳払いや短い発声を繰り返したりといったチックといわれる症状を合併することが少なくない。これが多発性に頻繁におこり、音声チックを伴なうもの(単純な音声、奇声、汚言)はトウレット障害といい、症状が派手で容易には軽快しない。精神的緊張がある状況で増強しやすく、状況の改善で軽快することもあるが、激しいもの、三ヶ月以上持続しているようなものは治療が必要。主にドーパミン神経系の過敏から由来していると考えられており、それを是正する薬剤が用いられる。
⑧その他
行動の切り替えがうまくいかない、動きを止めてしまう(固まる)、ひきこもり、著しい摂食障害、偏食などの行動の問題がありますが、③の著しい情緒障害に準じて対処する。これらの行動の問題では、パニックなど興奮を伴うものより薬物による改善が困難だが、対応の工夫とともに、抗うつ薬が症状の改善に役立つことが多い。
2)身体的な合併症と対応
身体合併症があっても、本人が気付きにくく、症状があってつらくてもうまく訴えられずにいることがある。時には、そのために重症化してしまうこともある。また、それが情緒や行動面の異常につながっていることがある。何か変調があれば、身体疾患の可能性をも念頭にいれるべきである。
よく認められる身体合併症にアトピー性皮膚炎、鼻炎、喘息などのアレルギー疾患がある。これらはストレスにより悪化したり、また、これがストレスになるというような悪循環になっていることもある。鼻炎については鼻をしっかりかむ事ができない者で慢性化しやすい。その他、下痢、便秘、頭痛、吐き気といった自律神経系の症状も多い。多くはストレスと関連して出現する。成人では胃炎も少なくない。
次いで、少なくないし、小児期から念頭にいれて対処する必要があるのは、肥満、高血圧、高脂血症(血液中のコレステロールや中性脂肪が高値となり、動脈硬化の一因となったり、肝機能障害を引き起こしたりする)、高尿酸血症(血液中の尿酸値が高値となり、痛風や腎機能障害を引き起こしたりする)、糖尿病などの生活習慣病といわれるものである。高度の肥満では心肺への負担も大となる。
その他さまざまな病気があるが、とくに自閉的なタイプや知的障害が重い方ではわかりにくくて少なくないものに、膀胱炎などの尿路感染症、中耳炎、虫垂炎がある。尿路結石も経験したが、一般に痛みがつよいと思われる状態でも、それに見合った症状が出にくく、治療が遅れがちになりやすい。また、情緒に変動をきたしやすい内分泌疾患に甲状腺機能障害があり、これも念頭にいれる必要がある。
5.学校と連携をとった事例の実際
事例1:脳波異常と行動障害の悪化を見、抗てんかん薬の使用で改善したADHDの男児
8歳時、「学校で多動が目立ち、チョッカイを出すなどにより友達とのトラブルも多い」を主訴に来院。WISCⅢでは、言語性IQ135動作性IQ119全IQ130、ADHDと診断し、ご家族へは適切なかかわり方のアドバイスをした。合併障害もなく、定期療育指導は当初はお勧めしなかったが、多動症状は目立ち心理的な二次障害も心配されたため、リタリン投与を開始した。リタリンは効果を示し一時期は順調に経過していた。10歳になり、乱暴な行動と立ち歩きが再び見られるようになった。学校に出向き、実際の行動を拝見し、問題点を把握した。衝動的な行動の他、対人関係の悪さも気になった。環境的にはそれほどの問題がないことがわかったが、ひきつづき、行動はできるだけ直ながらも、児を受け入れ、自信をなくさないように先生がたにお願いした。このときの脳波検査ではてんかん性異常が目立っており、行動障害への関与が考えられたため、抗てんかん薬を加えた。定期療育指導にも入っていただくことになり、両面から支えるようになった。脳波異常は徐々に改善、それと共に情緒・行動面の改善も見られ、14歳では薬物治療、療育指導も中止でき、高校では、対人関係も良好で学習、クラブ活動共に活躍。志望大学に入学した。
事例2:多動性の著しかった高機能広汎性発達障害の女児
5歳時、「著しい多動と易興奮性、集団行動がとれない」を主訴に来院。WISCⅢでは言語性IQ106動作性IQ114全IQ111、多動性、易興奮性とともに共感性の乏しさ、こだわりも目立ち、高機能広汎性発達障害と診断、定期療育指導を受けることになった。小学校入学後も集団適応は困難で、多動性軽減の目的でリタリン投与、多少の改善はあったが、逸脱行動は目立った。学校に出向いた療育スタッフの情報から刺激への過敏反応が目立つことが認識され、その軽減を図る目的で、少量の抗精神病薬の投与を開始した。ご家族の努力、本人の成長、定期療育指導の継続、学校における通級指導の開始、通級指導の先生との担任との連携、薬物効果などが影響し、9歳の現在、多動は軽減、友達ともかかわれ、かなり集団行動もとれるようになってきた。
以上、発達障害について概説し、年齢を考慮した対応のポイント、様々な状況における薬物治療について述べ、最後に学校とも連携をとった事例を挙げた。